ダーリン

□抱きしめてダーリン
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 露わになった肌には、首筋から胸元にかけて、はっきりとその痕が残されていた。
「こ、これは虫さされによる……」
「んなアホな言い訳通じるか!」
 だって、やめてと言っても、室井が聞いてくれないのだからしかたないじゃないか。
 キスマークを友人たちに見られたと話したら、途端に室井が不機嫌になって、生徒会室で押し倒してきたのだ。
(先輩、エッチになると意地悪だから)
 その時のことを思い出してしまい、裕はボッと茹でダコになる。
 まだ本番は最初の一回しかしてないが、二人きりになると室井はエッチな悪戯を仕掛けてくるのだ。いつも優しいのに、そんな時ばかり強引で困ってしまう。
「おいおい……なに飛んでんだよ?」
「わかった。今日その女に俺たちを会わせろ。裕が遊ばれてないか、見極めてやる」
「会わせるなんてムリ! てか、彼女なんていないし、デートでもないからな!」
 現実に引き戻された裕は慌ててバレバレの嘘をつくが、それで許されるわけがない。
 詰め寄るように距離を縮めてくる二人に挟み撃ちにされ、裕は冷や汗を流す。
「ほ、ほんとだよ! 今日雅貴先輩に勉強教えてもらう約束してるんだから!」
 バカ。
「雅貴先輩? 室井会長のことか? なんで名前で呼んでるんだよ?」
「そもそも、面識なんてあったのか?」
「あっ……」
 墓穴を掘ったのだと気づいても、もう手遅れ。二人は訝しむように裕を追い詰める。
「ネクタイ返せよ!」
 もうヤケだ。逃げるしかない。
「夏目!」
「待てこら!」
 エイッとネクタイを引ったくり、裕は脱兎のごとく駆け出していた。



「先輩!」
 校門を出て少ししたところで、室井の背中を見つける。人気の少ない裏路地。待ち合わせしていた場所だ。
 約束してた時間より、十分は過ぎている。室井がまだいてくれてよかったと思うのと同時に、室井を待たせてしまったという罪悪感に襲われる。
 室井が振り向く。その背中に近づきたくて、裕は駆け足を速めた。
「お、遅くなってごめんなさい……うわっ――ぶっ!」
 お約束で躓き、裕は室井の背中に顔面から体当たりしていた。
「だから、気をつけろって言ってるだろ」
「ご、ごめんなさい」
 ぶつけて赤くした鼻を押さえ、裕は涙目で謝るが、室井の眼差しは冷たく、言葉もどこか刺々しい。やっぱり、遅れたことを怒っているのだろうか。
 いつも室井に甘やかされてるせいで、たったこれだけのことで落ち込んでしまう。
「友達に捕まっちゃって……」
 潔くないとわかっていても、つい言い訳が口をついて出てくる。
 うつむく裕を、室井は冷ややかに見下ろすだけだ。悲しくて悲しくて消えたくなる。
「その格好は?」
「えっ?」
「ネクタイもしてないみたいだけど」
 しかも、もみくちゃにされて、だらしなくなった格好まで注意された裕は、小さい身体をこれ以上ないってほど小さくする。
 身の置き所がなく、泣き言を言ってしまわないように、きつく唇を噛みしめるしかない。


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