ダーリン

□振り向いてダーリン
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 おそらく日課になりつつある、好みのタイプの女の子ウォッチングをしているのだろう。
 下手したらストーカー行為だ。いや、もはや立派な犯罪行為だ。盗み見なんて、絶対によくないと思う。
「おっ、柏木前会長だ。いつ見ても飛び抜けたベッピンさんだなー。て、なんだよ……会長も一緒か」
 よくないと思うのに、その名詞が出てくると、裕の耳はピクリと反応してしまう。そして、視線も無意識に外に向いてしまう。
 目を凝らすと、美形の男女二人が並ぶ姿があった。三年で前生徒会長の柏木優華と、二年で現生徒会長の室井雅貴だ。
(かっこいいなぁ……室井会長)
 友人たちが柏木に注目する中、裕には室井しか目に入らないというように、室井だけに熱っぽい眼差しを送る。
 室井は裕にとって憧れの人だ。背が高くて知的な感じは、裕がなりたくてもなれない理想の姿そのものだった。
 ノンフレームの眼鏡をかけてるせいで、外見が冷たく見えてしまうが、その瞳は穏やかで優しさが溢れている。
(仕草までパーフェクトだー)
 きっと“優雅”という言葉は、室井の雅貴という名前から作られたのではないだろうか……とまで思っていた。
「つーか、あの二人デキてんだってよ」
「えっ!?」
 うっとり室井を眺めていたら、聞き捨てならないことを言われて、思わず声を上げてしまう。
「なんだよ夏目、ガキのおまえもいっちょまえに女に興味持つようになったか?」
「ち、違うし」
「恋する乙女みたいな顔しやがって。おまえには似合わねえよ」
「違うってば」
 からかいのネタができたと、二人は裕に飛びついて頭をぐちゃぐちゃに掻き回してきた。
「色気づきやがってー。このこのー」
「やめろよバカ! 違うって言ってんだろ!」
 ムキになって言い返すから、ますます二人はエスカレートするのだが、それを裕が知るはずもない。
「にしても、あんな冷血漢のどこがいいんだろうなー」
「女は顔がよくてちょっと冷たいぐらいの男に弱いんだよ」
「そうか? 顔がよけりゃなんでもいいんだろ。しょせん顔だよ」
 裕いじりに飽きると、二人は真面目にくだらない討論を始める。
 顔顔言ってるが、それ以外でも二人が室井に勝てるとこなんてないだろう。品のなさと、性格の悪さくらいか。
 勉強でも、スポーツでも、室井は常にトップの成績を残している。こんなアホたちなんて、足元にも及ばない。比べるだけ無意味ってもんだ。
(だいたいさ、室井会長は冷血漢なんかじゃないし)
 室井のよさがみんなにも伝わってないのが、ひどくもどかしい。噂されるような、冷たい人間じゃないのに……。
 むしろ室井は誰よりも優しいと思う。それは揺るぎのない事実だ。
(室井会長のよさは、俺だけがわかってればいっか)
 あれだけ完璧なんだから、男子からやっかまれるのもしょうがないのかもしれない。ただ、ここにちゃんと室井を見ている人間がいるということだけは、知っていてほしい。
 バカな二人はほっといて、裕は再び室井に視線を戻す。
(あーあ、こっち向かないかなー)
 あの綺麗な瞳に自分を映してほしい。他の誰かじゃなく、一秒だけでも自分を見てほしい。
 振り向いてくれればそれでいいのだ。なにも、彼の特別な一番になりたいとまでは言ってない。
 髪を掻き上げる長く綺麗な指――それで触れられたら。掠めるだけでもいい。彼の腕の中までは望まない。


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