□見上げれば☆STAR
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 見上げる先には、輝きを放つ星。
 手を伸ばしてみても、それは届きそうで届かない。
 決して叶わない願いを胸の奥に秘めて、少年は祈るように両手を合わせた――。





『本日のゲスト、ライジングの皆さんでしたー! ありがとうございました』
 画面の向こう側の世界にいる司会者が発した明るい声で、少年は呪縛から解放されたように全身の力を抜いた。
 それでもまだ高揚感は残っているらしく、いつもは生気がなく青白い頬が、昂揚してほんのり桜色に染まっている。
 大きく手を振ってステージを降りていく、彼らの姿を名残惜しく見つめていると、突然プツッとテレビの電源が落とされてしまった。
「勉強はどうしたの? こんなの観てる時間、あなたにはないはずでしょう」
 振り返ると、帰宅した母親が仁王立ちをして睨みつけていた。
「お母さん……お帰りなさい。心配しなくても、勉強ならちゃんとしてるよ」
「口答えはいい。ニュース以外は役に立たないんだから、くだらない番組は見ちゃ駄目だって、いつも言ってるのに」
「……ごめんなさい」
 素直に謝ると、母親はようやく怒気を緩めてくれた。
 今日は同年代の子供を持つ親同士での、懇談会があったらしい。分厚い化粧に派手なスーツ。誰に対して見栄を張っているのか、少しも理解できない。
 けれど、全国でもトップクラスの進学校だと言われる高校に通い、そしてトップの成績を維持し続ける少年が、母親にとって自慢の息子であることだけはよく理解していた。
「部屋で勉強するから」
「そう。夜更かしはやめなさいね。寝不足は集中力を下げるから」
「わかってるよ」
 テーブルに広げていた勉強道具を集めて両手に抱えると、少年はテレビが置いてあるリビングから立ち去った。
 ふと目にした時計の針は、夜の八時を指していた。
 学校から帰宅してからの少年は、夕食と入浴に使う以外の時間は、大抵勉強に費やしている。褒められていい話だが、少年にとっては至極当然の習慣でしかない。
「うっ、寒い……」
 長時間誰もいなかった十一月の部屋の中は、薄暗くてひんやりとしていた。
 電気をつけると、寒さに身を竦ませながら窓際まで足を運ぶ。カーテンを閉めようとして伸ばした手が、ふいにピタリと止まった。
(わあ、綺麗……)
 窓の外では月が昇り、星が光り輝いていた。
(――勉強しなくちゃ)
 無意識に夜空に縫い止められていた視線を逸らし、少年は未練を断ち切る思いでカーテンを閉めた。そして机に向かい、黙々と勉強の続きを始めたのだった。



 あれから二時間ほど時間が経過していた。現在高校二年生の少年――西条知世は、きりがいいところで無心に走らせていたペンを止める。
(ライジング、かっこよかったな……お母さんが帰って来る前に見れてよかった)
 ふぅとため息をついて肩の凝りをほぐす知世の手元には、正解を導き出した数式でびっしり埋め尽くされたノート。勉強に身が入らないということは、経験したことすらない。
 勉強がすべてだ。しかし先程までの余韻が、未だ知世の身体の奥で燻り続けていた。
 ライジング《RISING》とは、今では全国的に有名になったロックバンドの名前だ。知世は彼らの隠れた熱狂的なファンだったのだ。
 ベッドの下に隠された秘密は、同年代の少年が隠しているようなアダルト雑誌やその類のものではなく、すべてライジングに関わるもので、その音楽情報誌を寝る前にこっそり読むのが、知世の日課であり、唯一の楽しみでもあった。
 ファンになって五年。初めて彼らの存在を知ったのは、知世が小学生だった頃の話だ。
 その出逢いは当時通っていた歯科医院の待合室で、そこに設置されていたテレビが映し出していた、バラエティ番組の中でのことだった。
 それはまだ駆け出しだったライジングが、賞金をかけて他の出演者たちと競うというものだ。
 成功率1パーセントと言われる機械仕掛けのアスレチック会場を颯爽と駆け抜け、最後に聳え立つ壁をロッククライマー顔負けに登りきり、賞金ゲットのボタンを押した時のヴォーカルの晴れ晴れとした表情は、未だ脳裏に焼きついている。
 その時打ち出された記録は番組至上初で、番組がなくなるまで彼の記録が破られることはなかったそうだ。
 なにより印象的で、知世を夢中にさせるきっかけになったのは、勝利を収めたヴォーカルが最後に放った言葉だった。
『諦めないで全力で頑張れば、なんだって叶うんだって、みんなに教えてやりたかった。俺らはこれから頂点を目指す。ここはまだ、スタート地点にすぎないから!』
 その言葉を聞いた知世は、途端に目の前の世界が開けて様変わりするのを感じた。
 知世の中に入り込んできた一筋の光は、とても力強くて目映いものだった。毎日勉強ばかりで夢も希望も持てないでいた知世が、初めて未来に夢を見た。希望を抱いた。
 
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