□見上げれば☆STAR
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 これはただのコネでしかなく、本当にお金を稼ぐということがもっと大変なのだと知った上で、それでもできることはなんでもした。
 それ以降も知世は匡臣に頼み込み、どうにかライジングのライブのチケット代を手に入れた。チケットの販売日が訪れると、開始時刻と同時に申し込みをして、なんとかいい場所も取ることができた。
 今回のライブは非公式なもので、ファンクラブの会員にも、その告知はされない。定期的にやってくれてるおかげで、入手自体はさほど難しくないが、それでも知名度が上がるにつれて、競争率は高くなっていた。
 知世は今までほとんどのライブを、奇跡的に最前列やそれに近い場所で観ている。こればかりは神様が与えてくれた贈り物なのかもしれない――と、ありえないことを考えてみる。
(ネットでまめにライブの情報とか集めてるからだけどね)
 けれど、神様にお礼を言うよりも先に知世の意識は現実世界に引き戻されてしまい、途端に気持ちが冷めていく。
 もしも本当に神様がいるのなら、知世の現状をどうにかしてくれるのだろうか。胸を張って、ライジングに逢いに行けるようにしてくれるのだろうか。
 だが、現実はそんなに甘くはない。そんな奇跡が起こることなんて、絶対にないのだ。
 父がこんなお金の使い方をしてると知ったら、もう手伝わせてくれなくなるかもしれない。それどころか、二度とライブに行けないようにされてしまったら、どうしたらいいのだろうか。
 いや、匡臣が知世に甘いことはわかりきっている。幸恵にさえ知られなければ、最悪の状況に追い込まれることもないはずだと、知世はそう自分に言い聞かせる。
(大丈夫だよ……だってもうすぐライジングに逢えるんだもん)
 余計なことは、考ないのが一番だ。ただでさえ安定しない精神が、グラグラと揺れているのだ。これでは、ライブまで神経がもたない。
 まだ先のことなのに、ライブのことを考えるだけで、知世は夜眠ることができなくなっていた。そんな夜は、彼らの姿を思い浮かべながら、夜空に輝く星たちの数を朝までずっと数え続けた。
 寝不足くらいなんてことない。勉強だっていつも以上に頑張れる。幸恵の小言も、平気で聞いていられた。
 早く逢いたい。声が聴きたい。考えるだけで、少しもじっとしていられてなくなる。
「ヒロ……逢いに行くから、待っててね」
 ライジングが表紙を飾る雑誌を抱きしめて、知世はベッドの上をごろごろと転がった。
 初恋もまだだけど、恋をしたらきっとこんな感じなのかもしれない。





 何日も星を数え続け、そしてようやく待ちに待ったライブの当日が訪れた。
 逸る気持ちを抑えきれず、ずっとそわそわと落ち着かない様子で、知世はチケットを握りしめていた。
(ライジングに――ヒロに逢えるんだ)
 まるで長年待ち続けてきた運命の相手と出逢うかのように、胸の鼓動は知世をせかすように早鐘を打ち続けている。
 ライブの日に、塾に行くふりをして家を出てくるのはいつものことで、塾にはあらかじめ休むことは伝えてある。そのスリルさえ、今の知世には気持ちを昂揚させるためのスパイスでしかなかった。
 この日の知世は、いつもより少しだけお洒落をする。いかにもロック好きだとわかるような格好ではないが、黒を基調とした大人っぽい出で立ちだ。
 いつもはふわふわ揺れている癖っ毛も、ワックスで適度に纏めて前髪を上げている。普段とは違う自分に、もしかしたら二十歳くらいに見えるかもしれないと、気持ちまで大きくなっていた。
(ああっ、どうしよう! いつもだけどすごい緊張する!)
 けれど、やはり気持ちだけ。
 列に並ぶ間も、握りしめた手にはぐっしょりと汗をかいているし、ワンドリンクを受け取ってカラカラに渇ききった喉を潤しても、緊張が解けることはなかった。
 そして途方もなく長いと感じる時間を待っていた知世が、そろそろ開演時刻が迫ってるだろうかと考えた瞬間――照明が落とされ、会場内は真っ暗になった。
 女性たちの黄色い歓声が、期待に満ちてざわめく。知世の心も、それ以上に落ち着きがなくなっていた。
「……――っ」
 ドカーンという激しい轟音に、反射的に目を閉じる。慌てて目を開けた時には、暗がりの中――知世の目の前に、ライジングのメンバー五人が揃っていた。
 ベース、ギター、ドラム、キーボード、そしてヴォーカルへと、ひとりずつ次々とスポットライトが当てられていく。
 そのたび知世の胸は、なにか熱いものでいっぱいに満ちていった。
 全員がライトに照らされると、顔を上げたヒロが金色の髪を揺らして、ニッとニヒルな笑みを浮かべる。
 途端にドッと沸き起こった悲鳴に近い歓声と、強大な熱気で会場が震えた。
(ライジングだ……)
 すでに一曲目が始まっているというのに、知世はまだ呆然とした表情で立ち尽くしていた。
 
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