□見上げれば☆STAR
3ページ/28ページ

 




「今回も全教科満点で、西条がトップだ。よく頑張ったな」
 教壇前まで出て行き、担任教師の富岡に成績表を返された知世は、にこりともせずに軽く頭を下げる。
 知世の通う有野栖学園高等学校は、全生徒数が二千名を越える、巨大な進学校として有名な高校だ。その中でも超エリートクラスと呼ばれる特進クラスに、知世は在籍している。
 そして入学してから常に学年首位の成績を残しているのが、他でもなく知世であった。
 知世からしてみれば、それも当然の結果だ。成績がキープされている以上、親にうるさく言われることもない。ライジングに逢いに行く時間を作るためなら、これぐらいなんてことはなかった。
 そんな知世にすらクラスメートたちはなんの興味も示さず、乾いた視線はただ虚ろに流れていくだけだった。
 ここにいる誰もが、己のことしか考えられない状況に身を置いている。今なにより最優先にすべきことは、手元にある問題を解くことなのだ。
「西条……先生が言うのもおかしいが、あまり頑張りすぎるなよ。時には息抜きすることも必要だからな」
 知世を見下ろす富岡の眼差しは、どこか痛ましげに眇められていた。
「僕なら大丈夫ですよ」
 急になにを言い出すんだろうと思いながら、知世は首を横に振る。
 富岡の目が、知世がいつもつけているリストバンドに向けられていることは薄々気づいていた。不釣り合いだと思っているのだろうか。ありもしない傷がないかと、杞憂でもしているのか。
 心配しなくても大丈夫だ。そんなもの、あるはずがない。
「僕には、とっておきの楽しみがありますから」
 そう、だって知世にはライジングがいるから。
 顔を上げて微笑むと、富岡は驚いたように目を丸くした。普段は決して見せない年相応なその表情は、見ているだけで幸せが伝わってくるような輝きがあった。
 完璧すぎるこの少年が心配だったが、これなら大丈夫だろうと富岡は思い直す。
(もっと、顔を上げてればいいのに)
 超進学校と呼ばれる高校ゆえ、遊んでいそうな子はあまりいない。中でも、富岡が任されてるこのクラスは、成績上位の生徒だけが選ばれ、集められたクラスだ。そのせいか、どうにもクラス全体に覇気が足りないと、常々頭を悩ませていたのだ。
 この学校に勤めている以上、軽々しく遊べとは言えないが、成績至上主義なのも息が詰まりそうな話だと、他人事のように感じてしまう。
 子供はもっと自由にがモットーの自分には、この学校が性に合わないのかもしれないと、言い訳めいた大人の苦笑をもらすしかない。
(アイドルみたいな面してんのに、もったいない話だ)
 とくに西条知世は天才少年とまで言われ、周りからもてはやされてるわりには、おとなしくて自己主張もほとんどないような、扱いにくい生徒だった。
 小柄で華奢な体型ではあるが、よく見れば繊細に整った綺麗な顔立ちをしている。せっかくだから、顔を上げてもっと笑顔を見せればいいのに、と思ってしまう。
 そして、ずっと気になっていたのが知世のつけているリストバンドだ。この職に就いて、その下に無数の傷をつけた子供が少なくないことを知って愕然とした。
 今回は考えすぎだったようで安心したが、あの笑顔が真実だと、悲しいことは絶対に起きないと信じたい。
(あそこは母親が厄介だから、まだ気は抜けないけどな)
 進学校の教師にしては珍しく、人情味の溢れるタイプの富岡は、冷めた眼差しの教え子たちを彼なりに温かく見守っていた。



 今日返ってきたばかりの成績表を手に、知世は父、匡臣の経営する会社に、心なしか軽い足取りで向かっていた。
 大企業とまではいかないが、それなりの業績を残している匡臣のことは尊敬している。しかし幸恵は自分の夫に対して不満があるらしく、勝手に将来を知世に託しているようだ。
 幸恵の身勝手な思惑など、正直どうでもいい。言いなりになっているのは、まだ自分が親の保護の下でしか生きられないという、自覚があるからだ。
 そして今手にしているのは、言わば“わがままを聞いてもらうための権利”だ。
「お父さん――僕になにか仕事手伝わさせてくれないかな?」
「おお、すごいな! また一番じゃないか。お小遣いならいくらでもあげるぞ? それともなにか欲しい物あるか?」
「そうじゃないよ。僕は自分でお金を稼ぎたいんだ。バイトは、お母さんが許してくれないから」
 匡臣が知世に甘く、溺愛しているのを承知で、こうして足を運んだのには、打算的な考えもあった。それでも、ライジングに逢うために必要なお金は、どうしても自力で稼いだものじゃなければならないのだ。
「わかった。お母さんには秘密だぞ? いくら社会勉強って言っても、いい顔しないからな」
 案の定、願いを聞き入れてくれた匡臣は、知世に書類の整理やコピーなどの、簡単な雑務を与えてくれた。
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ