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□見上げれば☆STAR
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それからすぐに彼らのことを調べて、通っている塾の近くで路上ライブをやっていることを知ると、知世は度々そこに足を運ぶようになった。
自慢話になるが、話をしたことだってある。子供だからという理由で、追い返されたこともあったけれど、見た目の派手さからは想像できないほど、彼らはとても優しくしてくれた。
勉強勉強と下ばかりを向いているせいで、クラスメートの顔もろくに知らない知世にとって、ライジングだけが唯一の光であり――希望だ。
主にダークカラーを好む彼らに言うのはおかしいかもしれないが、ライジングだけが色鮮やかに知世の瞳に映るのだ。モノトーンの世界に住んでいる知世には、彼らが眩しくてたまらない。
メジャーデビューを果たした今でこそ、五名でやっているライジングの初期のメンバーは、ヴォーカルと、ギター、ベースの三名だけだった。
知世が今も肌身離さずつけているリストバンドは、実は例の番組でチャレンジャーとして出演していた、ヴォーカルからもらったものだったりする。
その事実は成績で一番を取ることよりも誇らしいことなのだが、誰にも自慢できないのがもどかしくてたまらない。本当はライジングのファンだと、大声で言いふらしたいぐらいなのに。
それを許さないのが教育熱心な母、幸恵だ。知世に甘いだけの父がなにか口出ししてくることはないだろうが、幸恵はそうはいかない。知世がロックバンドのファンだなんて知ったら、そんな低俗なものに興味を持つなと怒り出すか、その場で卒倒するかのどちらかだろう。
知世はそんな現状をよく理解し、そして諦めていた。ヴォーカルの言葉を思い出しながら、まだ夢も持てずにいる自分を嘆くだけの毎日だ。
小さな希望があるとするなら、それはライジングに逢いに行くことに他ならないだろう。
ライブには必ず、自分で稼いだお金で行っていた。それは父が経営する会社の雑務などを手伝って得たもので、社会勉強という理由でそれを認めてもらっている。
親のお金であることに代わりはないが、どうしてもただ与えられるだけのお小遣いで、彼らに逢いに行くのは嫌だったのだ。
(次のライブ、いい場所取れるといいなぁ)
知世は次にライジングのライブが行われる、千人規模のオールスタンディングのライブ会場を思い浮かべて、熱っぽいため息をもらす。
立ち見のライブとなると、知世みたいに小柄な人間は不利になる。けれど、女性ファンが多いおかげで、知世でも押し流されずに最前列をキープすることが可能だ。
人気者になって尚、定期的に小さい会場でライブを行ってくれるのは、非常にありがたいことだった。
(ヒロ……逢いたい。早く逢いたいよ)
知世は先程画面越しに観たヴォーカル、ヒロの姿を思い出して胸を震わせる。ギターのケン、ベースのダイよりも極端に口数が少なく、取っつきにくくて怖そうな外見をしているが、彼が優しいことは誰よりもわかってるつもりだ。
ヒロはインタビューなどで「俺は女性ファンにしか優しくしない」と、平気で発言したりするくせに、男の知世にもぶっきらぼうながら優しくし接してくれた。
路上ライブを観ていた知世を追い返そうとしたのもヒロだったけれど、それはまだ幼かった知世を思いやってくれてのことだと、理解している。見えにくい優しさをくれるヒロのことが、知世は大好きだった。
今やミリオンヒットを送り出し、人気者になった彼らに自分のことを覚えてもらっていると自惚れたりはしないが、このリストバンドも、思い出も、知世にとっては掛け替えのない、大切な宝物だ。
知世はベッドに上がると、雑誌を開いてイヤホンをつける。
直接耳に響く、ヒロのハスキーな声。途中で止められなくなるから、寝る前は必ず一曲だけと決めていた。
――くだらねえと投げ出すより 明日が見えねえと怯えるより 弱い己をぶっ壊せ!
未来はそこだ 手を伸ばせば 必ず掴めるさ
Oh my Venus! 信じてくれ 輝くおまえの一番星に 俺がなってやるから――
知世の心臓に直接訴えかけてくるのこの曲は、五年間歌われ続けてきた一曲だ。シングルにもアルバムにもなっていないのだが、ライブでは必ず歌われる曲でもある。
これも路上で録音させてもらったもので、音も荒く雑音混じりで聴き取りにくいけど、知世が一番好きな曲なのだ。
道標はここにある。ヒロが描いた、未来に続く曲。何年もの間、知世を支え続けた曲だ。
「ヒロ……」
何度繰り返して聴いても、そのたび涙が溢れてきてしまうのはなぜだろう。知世は布団の中で小さく身を縮め、嗚咽を噛み殺した。
自分のための曲じゃないとわかっていても。自分はヴィーナスにはなれないとわかっていても。
それでも、今この瞬間は知世だけのものだ。だからこの歌も、知世のためだけに聴かせてくれているのだと、今だけは信じていたい。