恋愛ゲーム
□『リクエスト』
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姉さんは、父の――社長の秘書として働いている。
会長であるお祖父様からも気に入られていて、現状として、会社の実権を握っているとまで言われているのだ。
つまり、姉さんには逆らえない。お祖父様が僕に甘いといっても、姉さんがなにか進言したらそれまでだ。
「高橋君、行こう」
僕は、無理やり高橋君の腕を引いて立たせた。
姉さんはやり手だ。これ以上、余計な話をされたくない。
「王子……逃げたって意味ねーだろ」
「いいからっ!」
君の言うことは正しいよ。いつだって正しい。
でも、姉さんに丸め込まれないって保証は、どこにもないだろ?
君と引き離されるくらいなら、死んだほうがましだ。
「ったく……ガキみたいなことすんなよ。中坊かよ、おまえ」
人気のなくなった浜辺まで来ると、高橋君は強く掴みすぎて赤くなった腕をさすりながら、非難の差しを向けてきた。
遠くのほうで、花火の音がする。
君と見たかったよ。ここの花火は、スケールが大きいんだ。
「高橋君……好きだよ。君がなんと言おうと、絶対に離さない」
「だから? そんな言葉で、一生俺を繋ぎ止められるとでも思っているのかよ?」
「高橋君……」
胸の痛みが全身に広がり、なにも言えなくなった。
動けない。僕を縛ったまま、高橋君は離れていくつもり?
「いずれ、俺と別れる気でいたくせに」
「なんで……?」
なんで高橋君が、それを知っているんだ。
ずっと、ひた隠しにしてきたのに……。
僕はほんとにずるい人間だから、君を殺してひとりではいられないし、僕が死んで、君がひとり残るのも耐えられないんだ。
僕が死んだら、君は誰かを愛す? 誰かに愛されるのか?
そんなの、絶対に許せない。だから、死を選ぶとしたら――共に。
「おまえは逃げることしか考えてない。俺から逃げて、それで終わると思ってるのか?」
「僕は……」
愛してるんだよ。
心から、誰よりも、君を愛してる。
殺させないでくれ。君を殺めて逝ったって、同じ場所には行けないじゃないか。
「ごめん……そういうつもりじゃなかったんだ」
高橋君の前で、僕は初めて仮面をかぶる。
安心させて、抱き寄せて、離れないとキスで誓えば、少しでも長くいられるかな?
「んっ……王子、話は終わってない」
「ごめん。だって、高橋君の唇気持ちいいから。もうちょっと……」
「あっ、はぁ……ん」
でもそれは違うよな。
君を逃がすつもりで離れても、きっと、僕は高橋君を諦めることなんてできない。
地の果てまで追いかけて、捕まえたらどこかに閉じ込めてしまう。
「好きだよ……」
「ちょっ、バカっ! こんなとこでやるつもりかよ!」
僕は高橋君を波打ち際の砂浜に押し倒し、少し汗ばんだ肌に手を這わせていった。
海水に濡れるか濡れないかの、ぎりぎりなライン。
骨が軋むほど、細い腰をかき抱いた。
「おいっ、王子っ!」
「しっ、黙って」
胸に唇を寄せるふりをして、確かな鼓動を感じとる。
心地よい音色。高橋君が生きていてくれるだけで、こんなにも愛しい。
「ンッ、王子……いい加減に……っ」
「やめてほしくないくせに」
「ざけんな……あっ!」
弱い場所を知り尽くしてる僕に、君が抗えるわけがない。
おとなしくなるまで愛撫を与え、高橋君の頬を両手で挟んで、その瞳を覗き込んだ。
「綺麗……この星空よりも、満開に咲いた花火よりもずっと……」
淫靡に絡み合う視線。熱っぽい眼差し。
もう、見れないなんてつらいけど……。
「好き……永遠に、愛してるよ……」
僕は手を、ゆっくり首筋に這わせる。
騙されたまま、灼熱に身を焦がして、あの世に僕とダイブしよう。
「高橋君……和人……」
呼び方なんて、ただの代名詞でしかない。
なんと呼んでも、君は君で。そして僕は、その声が、僕を呼ぶ声が好きで。ただ好きで……。
「くっ……」
首に添えた手に、次第に力を込めていく。
言葉で君を縛れるなんて、思っちゃいないさ。だから、命をもって、この愛を伝える。
道連れにするのは、ただの独占欲だけど……。
「……ごめんね」
どうか、許して。僕と終わりの口づけをしてくれ。
「んっ……」
高橋君の眉が、苦しげにひそめられたと思った次の瞬間――。
キッときつい眼差しが返ってきた。
「……っ」
同時に、唇に噛みつかれて僕は高橋君から身体を離してしまう。
「バカか、おまえっ! って……バカか」
高橋君は何度か咳き込むと、落ちついたところで、僕を怒鳴りつけてきた。
怒りの中に、呆れた表情が浮かんでいる。
高橋君は、最初から僕の考えなどお見通しだったのだろう。おとなしく騙されてくれるほど、僕には優しくないし。
「殺されてやるのは簡単だ。だけど、おまえは死なない」
「そんなことないっ! 僕は……高橋君の後をすぐ追うつもりだった」
失敗に終わってしまった。だけど、そこだけは疑われたくない。
僕は魂の抜けた高橋君の体と共に、この海に沈むはずだったんだ。
「俺を殺した時点で、綺麗な姉ちゃんに取り押さえられるだろうよ」
「どういう……意味?」
「そもそも、俺は青姦の趣味はねえし、誰かに見られながらやっても興奮しねーよ」
「えっ……姉さん?」
高橋君が流した視線の先を追うと、そこには、部下を数名従えた姉さんの姿があった。
つけてきたのか……。いや、冷静だったら気づけたことだ。高橋君だって、気づいていたんだから。
この時僕は、なぜか高橋君に裏切られたような気分に陥っていた。