Rアール
□R(1)
3ページ/51ページ
1話.少年と国王
豊かな自然と、発展した都市とがバランスよく存在するリネイム王国。
高台に立つ丘からは、街全体が見渡せるようになっている。初めてこの国を訪れた人間は、あまりの美しさに固唾を呑むことになるだろう。
その中心に建つ、城の朝は意外に早い。毎朝起床は五時。とくにこの少年は、誰よりも早起きだった。
「えっ……」
王の部屋――言われたことが理解できず、僕は固まっていた。
僕は王の世話役兼補佐として仕える、マナ・アリウム。今年で十七歳になる。
リューク陛下が王になって間もない頃から仕えていて、今年でもう五年だ。
まあ、補佐役と言っても、最近ついでみたいに与えられたものなのだけれど。
「――おい」
そんなことを考えていたら、頭の上から不機嫌な声が降ってきた。
「聞こえなかったか? 何度も同じことを言わせるな」
そう言って、冷酷な瞳で見下ろしてるのは、紛れもなく我らの国王リューク陛下だ。
今日も黒ずくめの格好で、威圧的な空気を纏っている。
「いえ、聞こえております……でもっ!」
先ほど言われたことを思い出し、僕は言い淀んでしまう。
正直怖いが、だからといってここで引くわけにもいかない。
生まれながらの王だと言われるだけあって、そのわがままも半端なく、まさに暴君その者だ。
国民誰もが、この漆黒の美しい髪と瞳に釘づけになり、中身にまで興味は及ばないだろう。
(あっ……)
僕のその態度が気に障ったのか、不機嫌だった顔がますます険しくなっていく。
僕は慣れてるにも関わらず、恐怖に肩を震わせてしまった。
「会合には出ないと言ってるんだ。どうしてこの俺が、わざわざ隣国まで足を運ばなければいけないんだ?」
そう居丈高に言い放たれては、返す言葉も見つからない。
「でも……もう、これで三度目ですよ? ジュネ王国の時ばかり、なにか理由があるんですか?」
正確に言うと、今の国王になってからだ。
ジュネの国王とは、年も近いし、幼馴染みだと聞いているが、なにか会いたくない理由でもあるのだろうか。
「それじゃあ、僕だけでも行きます」
さすがに毎度行かないとなると、相手国に不審に思われてしまう。
リネイムの悪い噂が立たぬよう、陛下が嫌なら自分だけでも……と、つい口にしてしまった。
――地雷を踏んでしまったとも気づかずに。
「その必要はない」
さらに低くなった声色で自分の失言に気づいたが、すでに手遅れだと悟った。
「跪け」
「――はい」
次の行動を予想し、僕は右膝を立てると、陛下の足元に静かに腰を下ろした。
「お前は俺のものだ」
立てた膝に陛下が左足を置き、冷酷な眼差しで僕を見下ろす。
(……っ、始まる)
これから始まることを想像するだけで、僕は小刻みに震えてしまう。
「お前のすべては、頭から爪先まで……髪一筋までも、俺のために存在する。俺のために生き、そして死ね。勝手を言うことは許さない」
「はい。仰せのままに」
そして僕は、いつものように陛下の足元に唇を寄せた。
見えないように、陰で顔を歪ませながら――。
自室に戻った途端、僕は床に蹲った。
いつもこうだ。白くなった手で、震える頼りなく細い身体をきつく抱きしめる。
繰り返される奴隷に放つような言葉や声に、決して慣れることはなく、僕の胸はただ痛むばかりだ。