短編集
□眼鏡を外したらキスをして
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知的で綺麗な顔。凛々しい眼差し。あんなに眼鏡が似合う人間は、そうはいないと思った。
彼のために眼鏡が作られたのでは? と、疑いたくなるくらいに。
そう、自分が持ってないものを持つ彼に、俺はずっと憧れていたんだ。
「はい、岬の負けー!」
最後に引いたババをひらりと机に落として、俺は固まっていた。今日は勝てると自信があったのに……。
そんな俺にはお構いなしに、仲間の一人が小さく折り畳まれた紙のクジを突きつけてくる。
「ほら、早く罰ゲーム選べよ」
「くっそ〜」
俺たちの仲間内では、今罰ゲームを賭けた賭事が流行っている。
負けた者は、それぞれが書いた罰ゲームの一つを実行しなければならないのだ。
(あんなの書かなきゃよかった)
今回俺が決めた罰ゲームは自信作だったのだ。けれど、それをもし自分で引いたら……そう思うと、自分を恨んでも恨みきれない。
なんせ、『逆立ちしながら担任の真似をする』なんて、無謀なものだったから。
うちの担任は、やたら言葉の前に「んー」と言うのだ。「んー、はい。質問は?」「んー、じゃあ、ここまで」その言い方がおかしくて、いつも真似してた。
ただでさえおかしいんだから、必死に逆立ちなんてしてやったら、もっとウケると思ったんだけど。
「えーいっ!」
自分のを引かないように、俺は気合いを入れてクジを引く。勝った奴らの面白そうな顔がムカツク。
でもしょうがない。中には、教師にカンチョーするとか、ヅラを取るとか、ひどすぎる罰ゲームをこなした奴もいるんだから。
「よし、これだっ!」
ありもしない念力で掴んだ一枚を勢いよく引いて、俺はそーっと中を確認する。
どうやら俺の字じゃないみたいだ。はたしてラッキーだったのか、それとも逆か。
けれど、書かれた内容に俺は首を傾げてしまった。
「……なにこれ? 『委員長に質問』って?」
こんなのが罰? だったら俺って、すごいラッキーじゃん。
「あ、それ俺だわ」
まだポケーっとしてる俺に、一人が手を挙げて名乗りをあげた。
仲間で一番落ち着いてる奴だ。確かにこいつだったら、この内容も納得できる。
「染谷って、顔はいいくせに地味じゃん? アッチ系とかどうしてんのか知りてえなぁーって」
「アッチ系?」
アッチってドッチ?
「もちろん、性生活についてだよ。普段すましてるけど、実は絶倫とか不能とかだったらウケるよな」
「はぁ!?」
周りも同意見だったのか、俺を無視して異様な盛り上がりを見せる。
どこがウケんだよ。お前を落ち着いてるとか思ってた俺って、超勘違いじゃん。
「ぜってー、俺は女いると思うぜ。しかも年上。けど、潔癖そうだからゴム手袋は必需品、みたいな」
「いやいや、ああいう奴に限って、意外に童貞なんだって。でも、ゴム手袋は同意見。自分のも触らなさそう」
「じゃあ次はこれで賭けるか? 俺は実は不能に一票かな」
なにがそんな楽しいんだよ。呆れて、開いた口が塞がらない。
確かに他の奴のそういうのに興味あるお年頃だけど……。
(つか、俺でも彼女できるくらいだから、染谷にいないはずないじゃん)
今はいないけど、男子校だからって出会いがないわけじゃない。
染谷――染谷学はクラスの委員長も務める優秀な人間だ。長身のわりに綺麗な顔で、眼鏡さえなければモデルでもやってそうなくらいだ。
って、実はそんな知的な染谷に憧れてたりするんだけど。
「そんな適当なこと言ってんなよ。失礼だろ!」
だから仲間たちの発言に反感を覚えた。思わず声を張り上げると、一斉に注目を浴びる。
「だから、それを確認するのがお前の役目だろ。この賭けは免除してやるから」
「……うっ」
「そろそろ委員会から戻って来るな。しっかり聞けよ」
そう言うなり、みんなして俺の頭をポンポン叩いて、ゾロゾロと出て行ってしまった。
墓穴を掘った……そう気づいた時には、既に手遅れだった。