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□彼の背中
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 校舎内は新しい学期を迎えるために、いつも以上の騒がしさを見せていた。
 新入生は緊張と期待の表情を浮かべ、在校生はクラス分けのことで話題はもちきりだ。
 けれどそんな中、浮き足立つ生徒たちの二学年に上がった集団の中で、一人だけ浮かない表情をした少年がいた。



 皓は窓ガラスに映る自分の姿を見て、足を止める。
 そこにいるのは、誰もが羨むほどの容姿を持った少年。自分で言うのもおかしいけど、かっこよく育ったと思う。
 来ないと諦めていた成長期は、中学の卒業後から高校入学にかけて、突然訪れただったのだ。
 周りから、「かっこいい」だの「綺麗」などと褒め称えられても、一度も嬉しいなんて感じたことはない。
 思い返すのは、まだ、中学生だった頃の自分。「チビ」「可愛い」と言われるのが、あたりまえだった日々。
 二度と戻れないと知っていても、悔やむ気持ちだけは拭い去れないでいた。

「キャー! 橘君だー」

「えっ! どこどこ?」

 黄色い歓声につられ、皓は無意識に視線を向ける。いや、正確にはその名前に引かれたのかもしれない。
 一年前よりずっと精悍さを増した顔。逞しい肢体。彼女たちがはしゃぐのも無理はないと思う。

「やっだー。彼女つきじゃん!」

「あっ、うっそ。ほんとだ。私も次の彼女に立候補してたのにー」

「そんなの、ムリに決まってんじゃん」

 皓は逸らしかけた視線を、再び彼に向ける。
 楽しそうに腕を組んで歩く姿。皓は眉をひそめて胸を押さえる。
 彼の隣の彼女は、どことなく昔の皓の姿を彷彿させた。

(そんなの、自意識過剰だよな)

 そう思っても、彼女に自分を重ねて見ているんじゃないかと、自惚れてしまいそうになる。

(あの頃に戻れたらいいのに……)

 所詮は彼のタイプに自分が当てはまっただけだったとしても。せめて、その姿で。
 けれどもう、彼の隣で横顔を見上げる位置に、自分はいないのだ。
 現実が残酷に皓の胸を抉る。

「……っ」

 苦しくてたまらなかった。
 彼のあの広くて逞しい背中を見るたびに、今の自分の姿を実感してしまうから。
 彼とは不釣り合いな、自分の姿を。

「私は断然、佐久間君狙いー」

 突然自分の名前が出てきて、皓はビクッと身を竦ませる。

「だって、王子様みたいじゃん?」

「バーカ。あんたにはムリだって」

「お互いサマでしょ」

 なおも会話を弾ませる二人には気づかれないように、皓は静かに彼に背中を向けた。
 その泣きそうに歪んだ顔を、誰かに見られることもなく……。
 
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