短編

□此れは禁忌とこそ承はれ。
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其れは嵐の様な突風が吹き、雷鳴が鳴り響き、横殴りの雨が降り注ぐ日の出来事。

江戸の外れ。廃墟と化した小さな倉庫が連なる港。
その倉庫の内。最も荒廃している倉庫の中では、二つの人影が対峙していた。
一つの影の背後には二つの小さな影と大きな影が三つ。


「白夜叉よ。背負う度に其の手から零れ落ちていく音を何度も耳にしている貴様が、何故又背負い込み、其の禍々しき手に宿しているのだ」

「背負い込む事を拒絶していた筈なのに、知らない内、又背負い込んでいた。唯其れだけの噺だよ」

「笑えんな。貴様の行いは過去に何も救えなかったが為に、又同じ過ちを犯し、当時の悲劇を繰り返している迄に過ぎぬ。最早貴様は何も救えぬ。何も護れぬ。人を殺める事も、況してや人を護る事迄も恐れ、己の剣を振るう事に怯えた臆病者の夜叉(おに)に過ぎぬ」


男の声が倉庫中に響き渡る。
其の度に其の言葉が彼の頭に幾度と無く繰り返されていく。


「何も出来ぬ不様な臆病者は、この世界の何処にも居場所なんて無い。有ると摺るならば唯一つ。過去の亡霊は、己の血塗れた墓場に帰るが善いわ」


一つの影が震えながら頭を抱え込んでしゃがみ込む。
彼の後ろの五つの影は動こうにも拘束されて動けない。

対峙していた影は彼の元へ突っ込んで行く。

手にした刀を振り上げ、彼の右肩を大きく切り刻む。
其の反動で、彼は地に仰向けとなる。


「お前に何も護れやせんのだ。大切な者を二度も失い、お前は知った筈だ!其の手で何かを救えば何時の間にかその指の隙間から零れ落ちて行くのだと」


男は叫びながら腹や顔を何度も殴り、何度も蹴った。
しかし彼は抵抗しなかった。彼の頭脳は男の言葉が何度も反響し、”あの日”の記憶が何度も蘇っている。


「終わりだ。白夜叉」


男は刀を再び振り上げる。


「あの世で、皆に許しを請うんだな。松陽も不様に笑っているだろうよ」


振り上げた刀は彼の腹の中央部に向けて振り下ろされた。
五つの影に、真っ赤な血が飛び散った。


「ぎ、銀さァァァァァァァァァん!!!!」


気が付けば、目の前には倒れた彼唯一人だけだった。








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