短編

□追憶
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「今日から此処がアンタの帰る場所だよ。家賃はきっちり払ってもらうからね」


雪の降る寒い日、墓場でお登勢と出会った。
それから少しの間お登勢が営むスナックで働き、暮らしていける程度の金を渡される。


「銀時。アンタ、私を旦那の代わりに護ってくれるんだろう?だったら、何処か遠くに暮らすよりも、よっぽどこっちの方が善いだろ」


世話好きな婆さんだ事。
そればかり思っていた。二階にある部屋の玄関を開けば、常に掃除されているのか、埃一つ無い広い空間が広がっていた。


「一人にしちゃちとばかし広すぎるかね。戦に出てたみたいだけど、此れからは違うんだ。一生懸命働いて、更生してくんだね」


お登勢は其れだけ云うとさっさと階段を降りて行く。
今日から、此処が俺の帰る場所。
居場所を貰ったのは善いけど、なんだか懐かしい光景のような気が摺る。
嘗て、全焼した学び舎を目の前にしたあの時。
更地となった焦げる様な異臭を放つ学び舎跡に足を久々に踏み入れる様な。
家具は一切無い。手元に有る金は、少しの間飲み食い出来る程度のちぽけな金銭。
一つ大きな溜め息をついて、俺はスナックへと戻る。


「なぁ、婆さん。もう少しだけ、此処で働かせてくんねぇかな。あと、飯とか寝る場所とか。今までみたいなカンジで」

「なんだ、寂しくなったのかい?」

「添うじゃねぇけどさ、もう少し此処で働いて、金溜めて、家具とか食料とか色々買いたいからさ」

「ふん。勝手にしな」


無愛想に云うお登勢は何処か嬉しそうで。
口角を一瞬上げては煙草を吸う。


「なぁ」

「今度はなんだい」

「俺さ、恩は忘れないから老い先短ろうと俺が護るとは云ったけどよ..。そんなに煙草すぱすぱ吸ってりゃ明日にでもおっちぬぜ?」

「余計な世話だよ」

「んだよ。折角人が云ってやってんだからよ」


親子の様な会話を少しばかり摺ると、お互いが何時ものように仕事を始める。






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夜中。


「今日は蒙寝ていいよ」

「あ?何か今日は異常に優しいんだな」

「煩ェ。今日は客が少ないんだ」

「もしかして赤字?」

「いいから寝ろ!」


お登勢に怒鳴られて渋々奥の部屋へと向かう。
其れから風呂に浸かったり、晩飯を食ったり、布団を敷いたり。
いざ寝ようとした時は、午前零時を回っていた。


「さて、寝ますかね」


何故か顔が綻ぶ。
久しぶりなのかもしれない。
こんなにも温かいものに触れるのは。






end

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銀さんとお登勢さんが出会って間もない頃の妄想。
きっと銀さんにとってお母さん的な人だったんだと思います。


鬼燈


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