Etarnal Legend

□エタレジェ 二章
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二章 暗い夜道にご用心。それと、落ちてる物にもご用心


 夜も更けた町の一角。ランプの灯りが窓から漏れ、騒がしい声が聞こえる酒場の扉を、エリスは開いた。

 そして、酒と男達の汗の匂いも気にせず、薄汚れた店内へと入る。

 エリスは、一歩踏み出す度にギシギシと鳴く古びた木の床を歩き、迷わずカウンターへと近づいた。

それなりに広い店内は、炭鉱で働く屈強な大男達で溢れていて、彼らはエリスが入店した事にも気付かず、ワイワイと楽しそうに騒ぎながら酒を呷っている。

 エリスは唯一の手荷物であるナップザックを足元に下ろして、カウンター前に備えられた椅子に腰を下ろした。

 そして、目の前に置かれたメニューへと手を伸ばす。

「どれどれ」

 子羊のロースト、ハンバーグ、虹色魚のムニエル等の料理。

 エリスはメニューが豊富な事に感激したが、その中にある大好物のシチューを発見すると、目移りする事無く、それを今日の夕食に選んだ。

「マスター。パンとシチュー。あっ、シチューは肉大盛りね」

 その日の夜、エリスはウィンドヘルム村から、北に山を三つ程越えた場所に位置する鉱山の町、ティンクルベリーの酒場、『踊るブラモス亭』に居た。

 イウヴァルトとその子孫を探すには、兎にも角にも情報が必要になる。

 そして、情報収集といったら酒場と昔から相場が決まっている。そんな事もあって、エリスはこの町に着いて直ぐに、仕事終わりの炭鉱マン達が屯す酒場に来たのだ。

「嬢ちゃん、旅人だな? だったら悪い事は言わねぇ、飯食うんだったら向かいのレストランに行きな」

 中年のマッチョなマスターが、ジロリと鋭い目付きでエリスを睨みながら言った。

 エリスはすかさずメニューをマスターに見せて反論する。

「なんで? この酒場でも、レストラン並の料理を出してるじゃない」

「それは俺の趣味だ、味は本職の奴らには遠く及ばねぇよ。何より、こんな男臭い場所に、ガキが来るんじゃねぇ」

「あら、あたしの年知ってるの?」

「十六歳くらいか」

「惜しい、十五歳よ」

「どっちにしたってガキはガキだ、悪い事は言わねぇ、さっさと帰んな」

「そうね、じゃあご飯を食べたらさっさと出て行く事にするわ」

「ったく、口の減らねぇ嬢ちゃんだ。……ほらよ」

 文句を言いながらも、店主はパンとシチューをエリスの前に差し出した。それを見たエリスの表情がパァっと明るくなる。

「変なのに絡まれる前に、さっさと食って、さっさと帰んな」

「ありがと、マスター」

 感謝の言葉を言いながら、エリスはパンを一口大に千切って、それを湯気を立てるシチューに浸してから口の中へと放り込んだ。

「おーーいマスター! 酒だ酒! 酒持って来ぉぉおい」

「そーだそーだ!」

 酔った客が騒ぐ。

「うるせぇ! 酒酒言う前に、お前ぇら全員溜まったツケ払いやがれ!」

「マスター、溜まったツケは、この俺の体で払うぜぇ……ぬっふん」

「いいぞぉー! 脱げぇー! ただし俺も脱ぐ!」

「おいコラ! 俺の店で勝手な真似すんじゃねぇ! この筋肉ゴリラ共が!」

「そんな事言ったら、マスターも同じようなもんじゃんか」

「違ぇねぇや、マスターは筋肉の塊だもんなぁ! がっはっはっは!」

「ったく、あいつら、酔うといつもバカ騒ぎしやがる……」

 マスターは文句を言いながら、洗い場に溜まった食器を片付け始めた。

 そんな中、騒がしい笑い声を聞きながらの夕食も乙なものだとエリスは思っていた。

「こんな下品な場所で飯を食うなんて、普通の女なら嫌がるぜ?」

 マスターが呆れた顔を、目の前で美味しそうに料理を頬張るエリスへと向ける。

「そう? あたしは楽しいわよ、それに」
「それに?」
「マスターの料理、美味しいからね。この腕なら、レストランのコックさんとしてでも十分通用すると思うわ」

 マスターの日焼けした頬が、ほんの少しだが熱を帯びる。

「……けっ、いっちょ前に世辞なんか言いやがって」

「お世辞なんかじゃ無いわよ、これは今まで食べたシチューの中でも五本の指に入る美味しさよ。あ、一番はもちろんあたしのお祖母ちゃんが作ったシチューね」

 喋りながらも、エリスは目の前の料理をどんどん食べていく。

 そんなエリスの前に、マスターは無言で黄色い液体が注がれたグラスを差し出した。

 一体何事かと、エリスはそれを不思議そうに眺める。エリスの鼻に微かだが甘い匂いが届いた。

「マスター、これ何?」

「俺のオリジナルメニュー、花の蜜で作ったフラワージュースだ。甘くて栄養があるから、旅の疲れもぶっ飛ぶだろうぜ」

「いいの?」

「ガキが遠慮なんかするんじゃねぇ! さっさと食って飲んで帰りやがれ!」

「ありがと、マスター」

 フンっと鼻を鳴らしたマスターは、何故か偉そうに、そして少しばかり華麗になった手付きで、フライパンで食べ物を炒め始めた。
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