Etarnal Legend
□エタレジェ 一章
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一章 始まりの種は川からやってくる
山と森に囲まれた平和なウィンドヘルム村に、道具屋ファルスという店がある。
ファルスは、王都で流行の広くて豪華絢爛な道具屋とは違い、狭くて質素倹約という言葉がお似合いの道具屋だ。
何せこの道具屋、建てられたのは今から五十年程前で、良く言えば趣のある、悪く言えばボロっちい建物なのだ。だが侮る事なかれ! 外装と内装は古臭さを感じるが、品揃えはとても充実している。
道具屋ファルスは、日用品から農具に加え、簡単な武器まで取り揃えており、最近は旬の薬草を練り込んだ自作のクッキーも販売している。更に、村唯一の道具屋という事もあって、それなりに繁盛していた。
ある日の晴れた午後、そのファルスのカウンターにて、店主である青年と、紅いフード付きマントを頭からかぶった、青年より逞しい体つきをした男の客が、商談をしていた。
「お客様」
青年は、カウンターの上に並べられたガラクタの山をかき集め、
「このガラクタの山……じゃなくて、骨董品の数々ですが」
青年はカウンターに常備されている木製の計算機、『ソロバン』を弄くり、そこに出た結果を怪しげな男に笑顔で見せつけた。
「銀貨一枚で買い取らせて頂きます」
「いや、金貨十枚だ」
厳しい口調で、客が断った。青年の眉がピクリと動く。
青年の名前はヴェッヘルニッヒ・フォン・ファルシフォム。通称ベルは、十八歳と言う若さで道具屋ファルスを一人で切り盛りしている。
服装は、白いシャツの上になめし革のベストを羽織り、木綿のズボンを着用といった、オーソドックスな平民スタイルをしている。
身長は百七十センチを少し超えたくらいで、祖父譲りのブロンド色の髪に、柔和な顔立ちをしている。一見すると優男で、中身も温厚かつ平和的な考えを持った、優男なのだ。
そんなベルでさへ、目の前の客には困り果てていた。
ベルは、亡くなった祖父であり、この店の先々代の店主でもあったイウヴァルトに目利きを教えて貰っていた。そのベルが今心の中で断言する。
「……」
これはガラクタだ、と。
歪な形の壷や、何に使うかも分からない金属製の棒に、古びた剣。そして申し訳なさそうに転がる傷物の宝石が数個。
金貨が十枚もあるとすれば、一人の人間が一ヶ月は食うに困らないで暮らせるのだから、こんなに馬鹿げている話は無い。ガラクタの買い取りに金貨十枚も出すなんて、ゴブリンに大金をくれてやるようなものだ。
「で、では銀貨三枚では?」
「銀貨八枚」
さすがに金貨十枚はふっかけ過ぎたと思った男は、大幅に値段を下げた。
しかし、それでも高い。銅貨百枚で銀貨一枚の価値、銀貨十枚で金貨一枚の価値があるこのご時世。銀貨八枚の出費はかなりの痛手となる。買取品がガラクタでは尚更だ。
ベルは、カウンターの下に置かれた金庫を開け、そこから硬貨を取り出すと、
「銀貨三枚と、銅貨八十枚。申し訳ありませんが、これ以上の値段では買い取れません」
ベルは、カウンターの上に銀貨八枚と、銅貨を縦に十枚重ねたものを八つ並べた。
どうせガラクタなのだから、最初から買取拒否をすればいいだけの話しなのだが、押しの弱いベルに、お客さんを追い返す芸当なんて出来ない。商人としては致命的な弱点だ。いや、ガラクタに銀貨三枚以上出す時点で、もはや商人失格なのだろう。
「……ちっ」
暫くの沈黙の後、男は舌打ちをして、カウンターの上に並べられた硬貨を乱暴な手付きでかき集め、それを袋状の財布にジャラジャラと流し入れた。ベルはペコリとお辞儀をすると、
「ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております」
そそくさと去って行く男の後姿を見送った後、ベルはカウンター内に備えてある丸椅子に力なく腰を下ろした。そして、目の前に群がるガラクタ達を眺める。
傷物の宝石は加工すれば辛うじて売る事が出来る。剣も見てくれは古ぼけているが、売れ無い事は無い。だが。歪な壷と、正体不明の棒は別だ。こればっかりは売り物にはならない。
壷は花を数本活けて店内に飾るとしても、棒の方は、投げれば犬が喜んで拾ってくるという遊びが出来るくらいで、役立たず以外の何物でもない。
買い取ってしまった物はしょうがないと割り切り、ベルはカウンター下の金庫を開け、買い取った品を納めていった。
「これでよし」
ベルは、買い取った品が全て入ってる事を確認して、金庫の扉を閉じた。
この金庫、「銀色のボディーは耐熱性、耐魔術性共に優れた物で、この金庫を開けられる盗賊はそうは居ないですよ! えっへっへ!」と言う、旅の行商人から最近購入した、ベル自慢の金庫だ。
しかし、その性能は未だ発揮されていない。何故なら、このウィンドヘルム村が、放火とも盗賊とも無縁の、平和な村だからだ。
「そういえば、お腹が空いたな」
時計の針は、既にお昼時を過ぎた場所を指している。店番に気をとられていたベルは、これから遅めの昼食だ。
店と住居を兼ねたファルスの台所で、今朝方作ったサンドイッチの包みを手にしたベルは、気晴らしに村で一番落ち着ける場所、川岸で昼食を食べようと考えた。
店のドアを開けたと同時に差し込む日の光と、嗅ぎ慣れた家畜と牧草の匂いが、ベルを包む。ベルは大きく伸びをした後、戸締りを確認してから、川岸へと歩き出した。