Little☆Star 〜小さな星〜

□序章『ただいま』
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「確か、この辺だったとおもうんだけどな」

 場所は埼玉県のとある住宅街。
 高級とまでは言えないが、閑静で、とても綺麗な家の並びをした通りだ。遠くの方にちらほらとビルが見え、そのまた向こうには小高い山がこんもりと盛り上がっている。自然と現代の建造物が上手く共存している。

「地図なんて見ても分かりゃしねぇ。こりゃ、迷子になっちまったかなぁ……」

 そんな場所で、キョロキョロと辺りを見渡しながら、高瀬悠也は呟いた。その手に握り締めた紙切れには、地図の様な図が描かれている。

 パンパンに膨れ上がったボストンバッグを肩にかけた悠也は、春風に髪をなびかせながら天を仰いだ。

 今年の春、めでたく高校二年生となった悠也は、慣れ親しんだ地元を離れ、従兄妹の泉こなたが居る埼玉県へと移り住む事になった。


「お父さんが海外へ転勤になったのよ」
      ↓
「ずぼらな悠也に一人暮らしは無理、かといって海外へ付いて来させるのは面倒ね」
      ↓
「そう言えば、埼玉に私の姉貴の旦那さん、そうじろうさんが居たわよね、丁度いいからそこに悠也を預けましょう」


 そんな流れで、悠也の母親の独断と強行によって、悠也は有無を言わさず稜桜学園の編入手続きをさせられ、埼玉県へと飛ばされた。

 因みに、悠也の母親の姉である泉かなたの旦那さん、泉そうじろうは二つ返事で悠也の居候を許可している。そうじろうとは、大らかな人物なのだ。

「そういや、この場所に来るのは十年ぶりなんだよな。……道を覚えていないのも当然か」

 悠也は立ち止まり、遠い昔を思い出していた。悠也がこの埼玉県へと来るのは、彼がまだ小学校低学年の頃以来なのだ。

 昔は、夏休みになる度に泉家へと訪れていた高瀬一家だが、悠也が小学校高学年になった頃から、転勤が多くなった高瀬家は、段々と泉家とは疎遠になってしまっていたのだ。

「こなたは、元気でやってるかな?」

 悠也の脳内ハードディスクに残っているこなたの記憶は、ライダーごっこをして遊んだ記憶。こなたのライダーキックを股間に喰らい、泉家の廊下をヒーヒー言いながら転がりまわった苦くも楽しい記憶だ。

 やたらとアニメやゲームが好きな彼女の事を、悠也は昔も今も女の子とは意識せずに、気軽に話せる友達のように思っている。

「お?」

 不意に悠也の視界が暗転する。両目を覆う温かい手の感触。これは古来より、少女が少年に対するスキンシップに使われる、「だ〜れだ?」の感触だ。

 悠也は口元に笑みを浮かべながら、自分の目を覆い隠している手を掴み、

「……こなた、久しぶりだな」
「期待を裏切るようで悪いんだけど、俺はそうじろうだよ」

 悠也の目の前には、優しげな笑みを浮かべる中年の男、悠也の伯父であるそうじろうが立っていた。
 悠也は笑みを浮かべたまま固まり、間違えてしまった恥かしさのあまり顔を真っ赤にした。

「そ、そうじろうさんでしたか。俺はてっきりこなたが……あぁ、いや、何でもないです」
「呼んだ?」

 そうじろうの後ろから、ひょっこり姿を見せた小柄な少女。悠也より頭一つ半程低い背をした少女が、悠也を見上げる。

 目元のほくろ、ぴょんと跳ねた癖っ毛、小柄で華奢な体格。その全てが、幼い頃のこなたの面影を残している。それを見た悠也は、目の前の少女がこなただと瞬時に気が付いた。

 悠也の脳内で、初めてこなたに会った時の事や、一緒に色々な事をして遊んだ記憶が蘇る。悠也は懐かしさに目を細めながら、

「よっ、こなた」
「おす、悠也」

 互いに拳を突き出し、コツンと合わせた。昔、二人が幼かった頃、その時流行っていたアニメの主人公達がよくしていた仕草だ。悠也とこなたは、それを真似して、事あるごとに拳を突き合わせていたのだ。

「十年、だっけ?」
「十年、だな」
「久しぶりだよね」
「久しぶりだな」

 何年かぶりに会い見えた二人は、空白の時間を埋めるかのように見つめあい、微笑みあった。そんな二人を優しい保護者の目で眺めていたそうじろうは、

「さぁさぁ二人とも、立ち話でもなんだし、家に入ろうよ」
「家?」
「今日から悠也が住む家だよ」

 こなたが悠也の右隣を指差して微笑んだ。

 そこには、悠也が幼い頃見た泉家が、昔と何一つ変わらない状態で建っていた。

「悠君。ようこそ、泉家へ」
「悠也、おかえり」

 泉家をバックに、そうじろうとこなたが親指を立ててはにかむ。この二人は、心の底から新しい家族となる悠也を歓迎しているのだ。そんな二人の姿を見た悠也は、今日埼玉に来て、初めて帰ってきたという実感が込み上げてきていた。

「ただいま。そして」

 悠也は軽く頭を下げて、

「今日から、お世話になります!」

 満面の笑顔で、元気よく叫んだ。
 

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