Little☆Star 〜小さな星〜

□春の章『古い記憶、新しい出会い』
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「美味しいね」
「何だよ、嫌味かよ?」
「嫌味じゃないよ、キャラメル味だよ」

 口の中でキャラメルを転がしながら、悠也とこなたは神社までの道のりを歩いていた。周りは鬱陶しい程の人で溢れかえっているが、小さな二人は、器用にも人込みの間をすり抜けて歩いている。

「弾が悪かったんだよ。あの親父、絶対弾に細工をしてやがった」

 パンっと右拳を左の掌に打ち付け、悠也は悔しそうに呟いた。

 結局、悠也の放った最後の一発は、大きく狙いを外れ、ゲームソフトの隣に申し訳無さそうに佇んでいたキャラメルへと当たったのだ。

「キャラメルが取れたんだからいいじゃん」
「キャラメルなんて、駄菓子屋でいつでも買えるじゃん。それも十円で」
「でも、今のあたし達じゃ無理だね。あの射的屋さんで、お小遣い全部使っちゃったし」
「……そういやそうだった」

 二人のなけなしの軍資金、五百円は、射的代へと消えていた。

「ちくしょー! お袋め、祭りなんだから千円くらいくれたっていいのに。五百円じゃちっとも遊べねーよ」
「そだね」
「その割には、楽しそうだな」
「お祭りだからね」
「そう言うもんか?」
「そう言うもんだよ」

 悠也は隣で微笑むこなたを訝しげに眺めた。

 白い生地に金魚の絵が描かれた浴衣を着ているこなたは、とてもご機嫌だ。カランコロンと下駄を鳴らしながら、鼻歌を歌っている。祭りの雰囲気に酔っているというのもあるが、純粋に、従兄妹であり幼馴染でもある少年、悠也とお祭りに来れたのが嬉しいのだ。

 そんなこなたの気持ちも知らない悠也は、こなたが何故楽しそうなのか考えるのを放棄し、口の中に広がるキャラメルの味に集中し始めた。

「綿菓子、たこ焼き、焼きソバ……。イか焼きってのもいいなぁ〜。あぁ、腹へったぁ」

 周りの屋台から匂ってくる美味しそうな匂いに反応した悠也の腹は、小さな泣き声を上げた。

「屋台の食い物って、キャラメルより魅力的だよな……。あ〜あ、こんな事なら射的なんてやらなきゃよかったぜ」
「あたし、お父さんと悠也のお母さんの所に行って、お金をくれるように頼んでこようか?」
「無理だよ。そうじろう伯父さんはともかく、俺の母さんはケチだから」
「大丈夫、あたしに任せてよ! 悠也はここで待っててね。何処かに行ったりしちゃ、ダメだからね!」

 こなたは自信満々といった表情をした後、悠也が言葉を発する前に神社の方へと駆けて行った。

 止める間もなく人込みの中に消えていくこなたの後姿を見て、悠也はやれやれと溜息を吐いた。

「ったく、言い出したら他人の言う事なんて聞かないんだよな、あいつは」

 手持ち無沙汰になってしまった悠也は、何か面白いものは無いかと辺りを見渡した。

「あれ?」

 屋台と屋台との間に、子供一人が通り抜けられるスペースが空いている。その先は草木が生い茂る森林となっているのだが、悠也はそこに人を見つけた。

 月の光も、提灯の灯りも届かない暗い森だが、悠也には不思議と人影の輪郭がハッキリと見えている。人影が発光物を持っている訳では無いが、ただ漠然と、悠也は誰かがそこに居ると感じ取った。

 悠也は人影に向かって歩き出した。興味や冒険心等ではない。その人影に呼ばれている気がしたのだ。

 大勢の人が左右に行き交う中でも、悠也が歩みを止める事は無かった。その光景は、人込みが悠也を避けているかのようにも見える。

 まるで見えない糸に手繰り寄せられているかのように、悠也は夜の森へと吸い込まれていった。

「悠也、お父さん達にお金貰ってきたよ! 勿論悠也の分も……」

 神社の方から、千円札を二枚握り締めたこなたが、息を荒げながら駆けて来た。だが、その場所に居るはずの人物が居ない事に気がついたこなたの顔から、笑みが消えた。

「悠也?」

 右、左、そしてもう一度右を見たこなただったが、悠也の姿は何処にも無かった。嫌な予感がこなたを襲い、無性に悠也の事が心配になった。

「おじさん!」

 こなたは、一番近くにあったリンゴ飴の屋台を出している中年の男性に駆け寄ると、

「ここに、あたしと同じくらいの歳の男の子が居なかった?」
「あん? 男の子だぁ?」

 中年の男性は、眉をしかめる。

「ちょっと分からねぇな。何せこの人通りだ、誰がいつまでそこに居たかなんて、覚えてねぇよ」
「そんな」

 こなたは拳を握り締めた。千円札が、クシャリと潰される。

 リンゴ飴屋の男が、こなたに飴を買わないかと尋ねているが、こなたにその声は届いていなかった。
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