駄文(短)

□誕生日祝い(砕蜂)
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2月11日。砕蜂隊長の誕生日。それは、俺にとって1年で最も重要な日となった。彼女と出会うまでは、その3日後であったが。

(もちろん、重要であることに変わりはないが、要は俺の中での優先度合いが変わったのだ)。

砕蜂隊長は、あまりご自身の誕生日など関心がない。そして、その3日後に控えたイベントにも興味がない。

大前田さんによると、ここ数十年、砕蜂隊長には、男女を問わず一部の熱烈なファン(?)から、どっさりチョコレートが届くそうだ。

「誕生日など、もう自分がいくつになるのかも分からぬのに、知ったことか。大体、あのちょこれーとを配る習慣は何なのだ。皆、現世にかぶれおって。まあ、ここ数年この時期は、女性死神協会の会合で菓子には困らぬが。」

どうやら、段ボール箱に2〜3箱分は届くらしい。羨ましい限りだ。

俺も貰えない訳ではないのだが、

『いつもお世話になってます。』
『お仕事お疲れさまです。甘いものでも食べてください。』

と、どう考えても義理だよなあーー、というメッセージ付きのものがほとんどだ。ごく稀に、

『好きです。』
『憧れています。』

などという嬉しいメッセージ付きのチョコもあるのだが、肝心の相手に面識がなく、

「誰…?」

という残念な結果に終わっていた。こう見えても、その人となりを知らない女性といきなりお付き合い、というほど、俺も遊び人ではないのだ。

さて、本題に戻ろう。砕蜂隊長の誕生日に何を贈るかだ。誰かに何かを贈るのは本当に難しい。彼女の好みについて、意外と知らないことにあらためて気付かされる。

クリスマスの時は乱菊さんに頼ったが、そう何度も頼れない。砕蜂隊長が家に遊びに来たときに、それとなく聞いてみようか。

アクセサリーでも思いきって贈ってみるか。だが、彼女がアクセサリーをしているのを見たことがない。死覇装以外のものを着ている時、基本は和服だ。和服…。帯留など、どうだろうか。よし、これで行こう。

馴染みの呉服屋に行くと、店主が出てきた。

「これはこれは、檜佐木さま。今日はどのようなご用件で?」

「あの…。帯留を見せていただけますか? その…、女物はよく分からないので…。」

「おや? 贈り物ですか? そうですねえ…。ご予算とお相手の年頃は?」

俺は正直に、それほど高価なものは買えないこと、相手が若い女性であることを伝えると、店主は静かに笑って、

「では、このあたりはいかがですか?」

といくつか見繕って出してくれたもののなかに、可愛い帯留を見つけた。

(よし、これなら俺でも買える。)

それは、紅珊瑚で梅の花をかたどったデザインだった。桜もいいが、早春に咲く梅の花は、彼女の誕生月とも相俟って似合う気がした。


砕蜂隊長の誕生日当日。相変わらず「忙しい」とは言いながら、夕食に誘ったらOKをくれた。いつもの俺の家ではなく、(俺でも大丈夫そうな)料亭を予約した。

定時に上がると急いで家に帰り、私物の一張羅に着替えると、待ち合わせの料亭に向かった。どうにか砕蜂隊長より先に着いて待っていると、程なく彼女が現れた。彼女もまた今日は、死覇装ではなく、いつだったかのような豪奢な振袖でもなく、清楚な桑色の江戸小紋に羽織(隊長羽織ではない)にショール、という出で立ちだった。髪は三つ編の部分を左右の耳の上で髪留で留めて、一瞬、誰か分からないくらい大人びて見え、ぼぉっと見とれてしまった。

「へ、ヘンか?」

「いやっ。ちょっぴり見惚れちゃいました。」

と正直に言うと、

「たわけっ!」

と一蹴されてしまった。だが、本人も満更ではなかったらしく、少し顔を赤くしていた。

料亭に入り、ショールと羽織を脱ぐと、帯は偶然にも黒地に松竹梅の吉祥柄の染帯だった。

食事が済んだところで俺は誕生日プレゼントを取り出し、

「砕蜂隊長、お誕生日おめでとうございます。」

と言って渡した。

(気に入ってくれるだろうか…?)

包みを開けて、帯留をしばらく見つめているのをどきどきしながら見守っていると、

「あ、ありが、とう…。」

と言われた。あまり表情から感情が読み取れないのだが、やがて、

「今日の帯にちょうどよいな。梅の花は好きだ。実は、我が家で花見といえば、梅の花を愛でることなのだ。知っていたのか?」

と言われた。

「いえ。古(いにしえ)には、花見といえば、桜ではなく梅だったときいたことはありますが。でも、何より、あなたに似合いそうだったから。」

そう言うと、顔を赤らめて、

「そ、そうか? 花など…似合わぬと思っていたが…。あ、ありがたく、いただく。」

そう言ってくれた。

「ところで、私も、…檜佐木に渡すものがある。」

そう言って照れ臭そうに、取り出したのは、可愛いラッピングをされた小さな包み。

(こ、これは、チョコレートっ?!)

「い、いつも、世話になっているのでな。時流に流されるのは、好きではないが…。ど、どうせ、貴様など、沢山貰うのだろうから、一足先に、だな…。」

「ありがたく頂戴します。」

そして、店を出て砕蜂隊長を官舎まで送る道すがら。少し調子に乗って言ってみた。

「あのう、これって『本命チョコ』ですか?」

「何だ、それは?」

「……。」


俺の春は、まだまだ遠い。

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