駄文(短)

□はじめての…。
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砕蜂隊長との「付き合い」も、結構長くなる。ウチにも泊まりに来てくれるのだが、どうも慣れすぎてしまったのか、一線が越えられない。

デートに誘ってみて、さりげなく手を繋いだり、というところまでは、何とかできたのだが、それ以上に、なかなか進めない。

肩を抱いてみようか、とか腰に手を回してみようか、とあれこれ考えているうちに、目的地に着いてしまったりする。

まして。キスだなんて当分無理だよなぁ。精々、飲み物の回し飲みの間接キスが関の山だ。

大体、彼女は俺のことをどう思っているのだろう?

そもそも、面と向かって交際を申し込んだ訳でもない。ただ、それをして断られたら、立ち直れそうにないヘタレな俺が悪いのか。こうして、悶々とした夜を過ごす、秋の夜長だった。


だが、チャンスというものは、意外にあっけなくやってくるもので。

その日も俺は、昼休みに弁当を届けて、二番隊の執務室に上がり込んでいた。大前田さんは非番でいなかった。

昼飯を食べ終わったあと、ふと砕蜂隊長が立ち上がって書棚から書類の綴りを取ろうとした。手を伸ばしたが、ぎっちりとほかの書類が並んでいたので上手く取れず、一瞬躊躇っていた様子が見受けられたので、後ろから彼女が取ろうとしていたと思われる書類の綴りに手を伸ばした。

と、同時に、もう一度今度は跳び上がってそれを取ろうとした砕蜂隊長とぶつかって、弾みで彼女を抱き抱えるような格好で、後ろに倒れ込んだ。すぐに起き上がったが、彼女はまだ俺の腕の中だ。てっきり怒鳴られるかと思っていたのだが逆に、

「す、すまぬ。横着をせずに椅子を持ってくるか、最初から檜佐木に頼めば、よかったな。」

などと、しおらしいことを言う。

「……スミマセン。大丈夫でしたか?」

と耳許で囁くように尋ねると、無言でコクンと頷く。顔は見えないが、耳が真っ赤だ。思わず腕に力を込めて、ぎゅっと抱き締める。

(ぶっ飛ばされねえの? 俺。)

しかし、相変わらず彼女は俺の腕の中で大人しくしている。――まあ、状況としては「固まっている」という表現の方が合っているか――。

(柔らかい…。なんかいい匂いもする…。可愛い、可愛い、可愛いっ!)

しばらく抱き締めていたが、今度は砕蜂隊長があまりにも静かで、逆に心配になってきた。

「あの…、砕蜂隊長?」

そこで彼女は、ハッとしたように、我に返ったようだった。


今度こそ、ぶっ飛ばされるのかと思ったが、やはり砕蜂隊長は何も言わずに俺の腕の中だ。少し腕の力を緩めると、俺の方に向き直り、潤んだ瞳で見上げてきた。

「檜佐木…。なぜ貴様にこうやってされると、…こう、なんと言うか…、胸が苦しくなるのだろう?」


今度は俺が胸が苦しくなる番だった。

「え…っと、なんで、でしょうね…。」

「あれが大前田なら、気色が悪くてぶっ飛ばしていた。」

(やっぱり。大前田さん、気の毒…。)

彼女はじっと俺を見つめてくる。心臓がばっくんばっくんしている。でも、ヘタレな俺にしては、よく頑張ったと思う。そのままゆっくり顔を近づけて、彼女の唇に俺のを重ねようとしたその刹那。すっとかわされて、俺の唇は砕蜂隊長の頬に当たった。

「ひ、檜佐木っ、な、な、な、何をしようとした!?」

彼女は顔を茹で蛸のようにして、何を今さら、なことを言う。俺はブスッとして、

「何って…。キスですよ。口付け。接吻。ベーゼ(仏)。」


当然、俺は砕蜂隊長にぶっ飛ばされ、それからしばらく、砕蜂隊長の俺への警戒レベルは数段引き上げられた。

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