駄文(短)

□ありがとうの気持ち
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明日は俺の誕生日だ。が、生憎と俺も砕蜂隊長も普通に仕事だ。まあ、その為に、先週、頼み込んでデートをしてもらった訳だが。

でも、やっぱりつまんねえ。吉良や恋次と呑みにでも行くか…。そんなことを考えていた矢先、伝令神機が鳴った。砕蜂隊長からだった。

「明日は昼は要らぬ。」

「え〜っ。」

「なぜ貴様が不平をたれる? 楽をさせてやろうというものを。」

「はぁ…。」

「あと、定時後は空けておけ。じゃあな。」

一方的に通話は切れた。ただ、ちょっとだけ、いや、かなり期待してしまったのは確かだ。

(うぉっしゃ〜っ! 何が何でも定時きっかりに仕事を終われるようにするぞっ!)

俺はそれから、必死で仕事を片付けた。

〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*

話は数日前に遡る。二番隊隊舍の執務室で、大前田が油煎餅をかじりながら、

「隊長、この前、檜佐木とお出掛けになって、なかなか楽しかったようで。」

「なぜ貴様がそんなことを知っている?」

「だって、ここにいたら、昼休みの会話、嫌でも聞こえますぜ。」

「嫌ならその耳、聴こえなくしてやろうか?」

「いや、いやいやいや。」

慌てて耳を手で押さえて身構える大前田だった。

「…まあ、あいつは、もうじき誕生日だし、隊長とデートできて嬉しかったんでごぜえやしょう、と。」

「何故誕生日だと『でえと』などしたがるのだ?」

「そりゃあ……。もう、いいっす。」

「何だ? 言いかけてやめるとは気分が悪いぞ。」

(檜佐木…、頑張れよ。道程は遠いぜ…。)

と大前田が思った矢先、

「いつ…、なのだ?」

「へ?」

「檜佐木の…、誕生日だ。」

「あ、ああ。たしか14日です。」

「そうか。」


(もしかして、もしかすると、脈アリかもしれねえぜ、檜佐木。)

と思い直した大前田であった。

〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*

14日。俺はそれこそ、昼休みも無しで、仕事を片付けるのに全力を上げた。

そして、定時後。指定された待ち合わせ場所に行くと、砕蜂隊長が佇んでいた。

暮れなずむ空を眺めている砕蜂隊長は、絵になった。今、彼女は何を思っているのだろう? しばらく俺は、声をかけるのも忘れて見入っていた。

と、砕蜂隊長が俺の霊圧に気付いて、こちらを振り向いた。

「遅い。」

「いや、もう少し前に着いていたんですが、声をかけていいものか迷いまして。」

「貴様のことを考えていた。」

(え…?)

鼓動が跳ねあがる。が、次に彼女の口から出たのは残念な言葉だった。

「誕生日とは、それほどまでに嬉しいものなのか? 貴様にとっては現世での命日か、魂葬された日ではないか。」

確かにそう言われても、仕方がない。だが、俺はきっぱり言い返した。

「でも、虚(ホロウ)に喰われたりもせず、こちらに来られたから、砕蜂隊長とも出逢えたんです。だから…、だから俺にとっては特別の日なんすよ。」

すると、彼女は少し驚いたそうな顔をした。そして、しばらく何かを考え込んでいたようだが、やがて徐に言った。

「なるほど。それなら少し得心がいった。では『祝い』ということでよいのだな。この前の礼も兼ねて、今宵は私が食事を奢ろう。」

「ありがとうございますっ!」


砕蜂隊長が連れていってくれたのは、それこそ護廷十三隊の隊長や貴族のような身分でなくては来られないような、瀞霊廷内でも屈指の一流料亭だった。


そして食事を終えて、料亭から出た別れ際、砕蜂隊長がポツリと言った。

「檜佐木がこちらに『生まれてきて』よかった。」

(へ…? 今、何て?)

彼女は、暗がりでも分かるくらい真っ赤な顔をして、でも一生懸命に言葉を紡ぎ出していた。

「檜佐木が死神になって…、隊は違うが、副隊長になって…、私は…、私は檜佐木と出逢えて…、よかっ」
皆まで言う前に、俺は彼女を抱き締めていた。

「…ありがとうございます。最高の贈り物をいただきました。」


そうしてしばらく砕蜂隊長を抱き締めていたが、お互い照れくさくなって、どちらからともなく身体を離した。

「じゃあ、今夜はこれで失礼いたします。本当にありがとうございました。…お休みなさい。」

「ああ…。また。」


そう言って、それぞれの帰路についた。2人の間で、また何かが少し動き出した、そんな予感のした夜だった。

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