駄文(短)
□ホットケーキ
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その日は珍しく、私も檜佐木も非番で、私は昼間から、奴の家で寛いでいた。
現世の雑誌を眺めていると、「誰でも簡単! 女の子に喜ばれる手作りスイーツ」などという頁があった。
檜佐木の家にある雑誌は男性向きのファッション誌がほとんどである(ちなみにエロ本の類は檜佐木が厳重に隠すか見つかる前に破道の三十一赤火砲で完膚なきまでに隠滅している)。
要はモテ男になるための攻略法が書いてある頁を見ていた訳だが、現世ではどうやら、最近の風潮ではあるようだが、女の気を引くために、「男子も厨房に入る」らしい。
だが、眺めていると、なかなかに美味そうだ。そういえば、「ほっとけぇき」は最近、こちらでも女性隊士たちに人気だと、瀞霊廷通信に書いてあった。……情報の出どころは、こやつか。
(檜佐木め…。)
私は少し奴を試してみたくなった。
「檜佐木、これを食してみたい。」
と該当頁を指差して言うと、檜佐木はニカっと笑って、
「砕蜂隊長がご自分から何か食べたいと仰るのは珍しいっすね。ちょっと待っててもらっていいですか?」
とあっさり言われた。そして、ごそごそと戸棚や冷蔵庫の中から材料を取り出す。粉と牛乳と卵を混ぜて、フライパンで焼く。何てことはない調理法だが、意外に火加減が難しいらしいことは、先刻見ていた雑誌にも書いてあった。
だが、檜佐木は濡れた布巾の上にフライパンを置いたりしながら、器用に焼いていく。それを興味津々で眺めているうちに、ホットケーキが出来た。
「はい、お待たせしました。お好みで、バターとか蜂蜜をかけてどうぞ。あ、メープルシロップも美味いですよ。」
ほっとけぇきは、なかなかに美味であった。
「なんだ。貴様、作ったことがあったのか。」
「そりゃ、瀞霊廷通信に掲載する以上は、ちゃんとこちらで手に入る材料でも上手く出来るか、確認しておかなくちゃいけませんからね。」
そういう点でも、檜佐木は律儀な奴だ。
「またよかったら作りますよ。現世には、もっと上手くできる、『ホットケーキミックス』なんてものもありますから。応用が利いて、他にも色んなおやつができるんだそうです。……また浦原さんに言って仕入れてもらっておこうかな。」
最後に呟くように言っていた「浦原」という名前に私が一瞬反応したことに、檜佐木は気付かなかった。
――まだこの時点では、檜佐木には知る由もなかった。自分たちが現世駐在中によく利用している浦原商店の店主の正体と砕蜂隊長との因縁を。
旅禍事件の起こる少し前、瀞霊廷がまだ平穏だった頃の話である。