旧・拍手御礼駄文
□紅葉
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最近、朝晩はだいぶ冷え込むようになってきた。
最近、砕蜂隊長が泊まりに来なかった次の朝は、早起きして鍛練をするようにしている。早く卍解を修得して、少しでも彼女に近づきたいのだ。だが、そう一朝一夕にできるようになるものでもなく。何十代と続いている朽木家ですら、卍解を修得できた朽木隊長は、稀有な存在なのだそうだ。
それでも、千里の道も一歩から、だ。まずは鍛練あるのみだろう。
今朝は、森の奥の方まで来ていた。すっかり色付いた木々が、秋の風情を醸し出していた。森の奥の少し開けた場所が、俺のお気に入りだった。
無心で斬魄刀を振る。俺はまだ始解しかできない。
と、不意に、今となってはよく知った霊圧を感じた。
ぱきりと小枝を踏む音がして振り向くと、砕蜂隊長がいた。
「お…はよう…ございます。」
「貴様もここで鍛練をしていたのか。」
「え、ええ。砕蜂隊長もですか?」
「ああ。貴様と鉢合わせになるとは、気に入らんな。ここは私だけの場所だと思っていたのに。」
「あ……。スミマセン。」
実は、そこは砕蜂隊長と初めて出逢った場所で、滅多と他の者が来ないこと、そして、いつか彼女を守れるだけの強さがほしい、という密かな思いから選んだ場所だった。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*
最近、朝晩が冷え込むようになってきた。檜佐木の家の布団の温もりが恋しいと思ってしまう私は、どうかしていると思う。
(決して、「檜佐木」が恋しいのではなく、「檜佐木の布団」が恋しいのだ。)
と何を自分で言い訳をしているのだろう。こんな、たるんだことではいけない。私は「例の術」を早く修得したくて、いつもの場所に向かった。
と、滅多と他の者が来ることのないあの場所に、よく知った霊圧を感じた。
(檜佐木…?)
気配を消して近づく。奴は鍛練をしていた。
(始解までは、できるのだがな…。まだまだ、だな。)
檜佐木は死覇装の上半身を脱いでいて、細身だが筋肉質な身体つきに汗が光る。普段から見慣れているはずの腕も妙に逞しく感じられ、不本意だが心臓が高鳴ってしまった。
と、思わず小枝を踏んで、ぱきりと音を立ててしまった。もっとも、その直前に向こうも私の霊圧に気づいたのだろう。奴が振り向くのと私が音を立てるのは、ほぼ同時だった。
「お…はよう…ございます。」
「貴様もここで鍛練をしていたのか。」
「え、ええ。砕蜂隊長もですか?」
「ああ。貴様と鉢合わせになるとは、気に入らんな。ここは私だけの場所だと思っていたのに。」
「あ……。スミマセン。」
これでは、目下の者が鍛練をしているのを「退け」と言って追い出しているようなもので、いかにも大人げないと思ったが、檜佐木は全く気にしていないようで、
「あ、俺、腹も減ってきましたし、これで上がります。あ、よかったら、砕蜂隊長も後で朝飯どうっすか?」
そう言って、帰っていった。私は独り取り残されたような気分だった。なぜかその日から、鍛練に、なかなか身が入らなかった。
翌朝。奴はいなかった。ほっとしたような、…なぜか少し残念なような、己れでも曰く言いがたいもやもやとした気持ちだった。
(とりあえず、集中して鍛練に取り組まなくては。両肩に霊圧を凝縮して……。)
霊圧が安定しないのか、上手くいかない。この前はコツを掴みかけていた気がするのだが。
夜が明けるのが段々と遅くなっている今の季節、朝の鍛練とは言っても、この場所に到着した時刻にはまだ真っ暗だったが、いつしか夜は明けていた。
ふと見回すと、辺りは一面、紅葉していて、足元には早くも散った葉が積もりかけていた。そして、1本の大きな樹の根本に、包みが置いてあるのを見つけた。それはあの、春に見事な花を咲かせる桜の大木だった。誰が置いたのかは、すぐ見当がついた。包みの中には、まだ少しだけ温もりの残る握り飯が入っていた。
(私の好きな鮭だ…。)
さっきまでの、もやもやとした気持ちは吹っ切れていた。私は思わず笑みをこぼし、ありがたく握り飯を頂戴した。
(早く術を完成させて、奴にこの場所を譲ってやらねばな。)
風に吹かれて、紅葉した木々の葉が舞っていた。
そして後日。檜佐木の家に泊まったときのこと。
「貴様、鍛練の場所を変えたのか?」
「え…、まあ、結界を張っておけば、自分の家の庭でもいいかな、と。最近寒くて、あまり早起きして遠くまで行くのも億劫だなぁ、なんて。」
などとヘラリと笑って言うものだから、
「この、軟弱者がっ! 場所なら譲ってやるわ、たわけっ!」
と思わず怒鳴ってしまった。あの朝のほっこりとした気持ちをどうしてくれよう?
かくして、後年、瞬閧と呼ばれる術は、完成したとかしなかったとか。檜佐木は相変わらず卍解には至らない。