旧・拍手御礼駄文
□残暑
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九月に入っても、まだまだ暑い日が続く。現世では「地球温暖化」とかいって社会問題になっているようだが、尸魂界(ソウル・ソサエティ)にも影響しているのだろうか? 今度、阿近にでも訊いてみよう。
誕生日にサプライズの御馳走をしてもらって、また少し、砕蜂隊長と距離が縮まったような気がする。
そろそろ、また、デートにでも誘ってみようか。でも九月はまだ暑いし、かと言って海とかプールは季節外れだしなぁ。どこか良いとこないだろうか?
なかなか良い考えが浮かばない。そんな時、当の本人がひょっこり遊びに来た。
「檜佐木。何か面白い『でぃーぶいでぃ』か雑誌はないか?」
「う〜ん。雑誌ならありますけど、ちょっと古いから、夏のレジャー特集とかで、やや季節外れかと…。」
パラパラと雑誌をめくりながら砕蜂隊長が訊いてきた。
「ところで檜佐木、ここは何をする所だ?」
(げぇっ。◯ブホ特集っ!「何を」って、ナニをする所だっ!)
「え〜と、ここはですねぇ……」
ひと通り説明をすると、顔を赤くして狼狽えながらも、
「つ、つまり、男女が密会や逢い引きに使う所なのだな。」
「ええ、まぁ。一昔前なら、外装からして、いかがわしいだけの所でしたけど、最近は結構オシャレだったり、気軽に贅沢気分を味わえるような、女の子向けの所もあるようですよ。ま、俺はこんな所に行くくらいなら、鄙びた温泉旅館のほうがいいっすけどね。」
(いや、砕蜂隊長となら、すっごく行ってみたいぞ。)
「ふ〜ん。」
俺は精一杯、見栄を張った。
なんとなく会話は、ぎこちなくなってしまって、とても「どっか遊びに行きましょう」なんてノリには、ならなかった。とりあえず俺はその場を取り繕うように、砕蜂隊長に、晩御飯が要るか訊いてみた。
「あの、今日は晩飯、食ってきますか?」
「あ、ああ。檜佐木はまだ、食べていなかったのか?」
「ええ。これからです。じゃあ、急いで何か作りますね。」
そう言って、冷奴だの枝豆だの、俺の酒の肴になるものと、彼女の好きな焼き魚や、茄子の煮びたしなどの作り置きの惣菜を出してきた。
「砕蜂隊長〜、暑いし、ビールか缶チューハイでも飲みますか? 冷えてますよ。」
「何だ、それは?」
「現世では暑いときによく飲まれる酒なんですけど、こっちの酒よりもアルコール度数が低くて飲みやすいですよ。ただ、砕蜂隊長って、炭酸飲料はお好きでしたっけ?」
「あのシュワ〜っとする飲み物か? ……ラムネやソーダ水みたいなものなら嫌いではないな。」
「じゃあ、あなたはこっちで。缶チューハイです。甘いから飲みやすいですよ。ジュースみたいなもんです。」
と何やら果実の図柄の入った缶を冷蔵庫から出してきて手渡す。
「ふ〜ん。」
と言って、彼女はひと口、こくりと飲む。
「たしかに、『酒』という感じがせぬな。喉が渇いているときに、よいかもしれぬ。」
と言って、こくこくと、飲み始めた。
「気に入られました? よかったらまだ冷蔵庫に冷えたのが、ありますよ。」
砕蜂隊長が飲み始めたのを見届けて、俺も飲むことにした。
「俺はビールにします。」
「『びーる』といえば、あの苦い飲み物か?」
「ええ。でも、暑い時はあの苦さがまたいいんです。俺は結構好きですよ。色んな種類や銘柄があって、色々試すのも面白いし。」
「ふ〜ん。」
しばらく他愛のない話をして飲んでいると、彼女が尋ねてきた。
「ところで、檜佐木の飲んでいる『びーる』というのはどんな味だ?」
「え? ああ、新しいの持ってきますよ。お気に召さなかったら、残りは俺が飲みますんで。」
「いや構わん。貴様のをひと口、くれ。」
「へ? いや、これ俺が口をつけてますし。」
「いいから、よこせ。」
(……もしかして、もう酔っ払ってますか?)
俺から強引に缶をもぎ取って、ひと口飲む。
「……。苦い。こちらはあまり好かぬ。私はこちらの『かんちゅーはい』にしておく。」
そう言って、ビールの缶を俺に突っ返してきた。
(うおっ、砕蜂隊長と間接キッスっ!)
ちょっと嬉しくなってしまって、俺は上機嫌で飲んでいた。しかし、気がついたら、相当数の缶が転がっていた。
そして。砕蜂隊長はというと、……気持ちよさそうに寝ていた。ちょっと飲ませすぎたか? しかし、このままではマズい。
「砕蜂隊長、少し飲みすぎましたか? スミマセン、気がつかなくて。お水、飲みましょうか。」
俺がコップに氷水を汲んで持ってくると、彼女は一気に飲み干した。
「ふう…。口当たりがよくて、喉も渇いていたので、少々、飲みすぎたようだ。冷たい水でも浴びてくる。すまぬが、風呂を借りるぞ。」
そう言って、ふらりと立ち上がると風呂場へ消えていった。しかし。いつまで経ってもシャワーの音が消えない。小一時間も経つので、ちょっと心配になってきた。外から声をかける。
「砕蜂隊長〜、大丈夫ですか〜?」
……応答がない。悪いとは思ったが、思いきって風呂場の扉を開けると、彼女は洗い場の床にぺたんと座りこんでいた。本人はウトウトとしているだけなのだが、色んな意味でヤバい。
「うっわぁ〜っ!! 砕・蜂・隊・長っ! 起きてください。こんなところで寝ないでっ!」
彼女は俯いているので、ほとんど背中しか見えない。とはいえ、只でさえ、全裸だ。ほんのり上気して桜色に染まった肌。ヤバい、ヤバい、ヤバいっ! 俺は目のやり場に困ったが、とりあえずバスタオルで彼女の身体をくるむと抱き上げて、畳の上に寝かせた。
(やましいことは一切、考えない、考えない。)
そう必死に自分に言い聞かせ、布団を敷き、寝巻きに着替えさせようとしたのだが。目を瞑ってうっかりなところに触れてしまってはいけないし、かと言ってガン見もマズい。
仕方がないので、バスタオルにくるんだまま、髪の毛だけ、できるだけタオルでよく拭いて、あとは砕蜂隊長が風邪をひかないことを祈りつつ、そのままタオルケットだけ掛けて、布団に寝かせた。
翌朝。俺は砕蜂隊長の怒声で目が覚めた。
「うわ〜っ! 檜佐木っ! これは、どういうことだっ!」
タオルケットにくるまった砕蜂隊長が、怒り狂っている。
「ひっ! 俺、誓って何もしてませんっ! 布団も別でした。大体、風呂場で寝ちゃってたの、あなたでしょっ! それより、早く何か着てくださいっ!」
「む……。夕べは…、暑かったから…、な…。うむ…。」
どうやら、朧気ながら覚えていてくれたようだ。だが、ラ◯ホどころか、これだけ彼女を怒らせたら、次のデートは当分お預けだろう。
ああ、残暑はまだまだ続く。