旧・拍手御礼駄文

□花火大会
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8月は俺の誕生月だ。といっても誕生日は平日で、非番でもない。砕蜂隊長は…、やはり仕事だ。

(つまんねえの…。)

正直、俺みたいな尸魂界(ソウル・ソサエティ)生まれでない者にとっちゃ、その日は現世で死んだ日=命日か、「魂葬記念日」であり、めでたいどころか、哀悼の意を表する日なのだが、だからといって余計に独りでしんみりと過ごすのは淋しい。

というわけで、せめて誕生日に近い非番の日に、砕蜂隊長とデートでもできればなあ…、と、昼休みの弁当配達の時にダメ元で訊いてみた。


「砕蜂隊長の8月のお休みって、いつでしたっけ?」

「うむ。明日と、次は8月8日だが…、それがどうした?」

「じゃあ、明日は急すぎるんで、8日に俺と遊びに行きません?」

「どこへ?」

「これから考えます。」

「行先も決めていないのに誘うのか? 貴様は阿呆か。」

「いや、俺は砕蜂隊長と一緒に過ごせたら、本当はどこだっていいんすけどね。」

とニカっと笑って言うと、うっすら顔を赤らめて、

「そのような恥ずかしいことを、堂々と口にするなっ! たわけっ!」

と、弁当箱の蓋が飛んできた。もっとも、このごろは俺もよけるのに慣れてきて、弁当箱の蓋は俺の手によってキャッチされた。

「まあ、いいだろう。私も特に予定はない。行先は貴様に任せるので、決まったら連絡しろ。」


というわけで、とりあえずデートの約束を取り付けることには成功した。


俺は早速、8月8日が休みの部下を探し、頼み込んで、休みを替わってもらうようにした。こういうのは副隊長の職権濫用だろうか?

そして、次にどこに行くかで思案した。現世ではこの時期、あちこちで花火大会がある。現世の雑誌をパラパラとめくっていると、全国花火大会特集というのがあって、8月8日に、とある場所で花火大会があるのを見つけた。

(これだ!)

行先は決まった。早速、砕蜂隊長に連絡を入れる。「現世」ときいて少し渋っていたが、何とか承服してくれた。

あと、花火大会は夜なので、せっかくなら、もう少し長く一緒に過ごしたい。せめて昼ごはんを一緒に食べて…、と俺は仕事の合間を縫って、計画を練った。

本当はプールか海で、砕蜂隊長の水着姿を堪能したかったのだが、あまりにもそれは下心が見え見えなので、止めておいた。

そもそも、彼女は遊び用の水着を持っていそうな気がしない。それとなく尋ねてみると、案の定、遊び用ものは持っておらず、隊の水練用のものしかないという。どうせ、十二番隊が任務のための機能性を追及して作成した、愛想も素っ気もないデザインに違いない。現世で言うところのスクール水着か競泳用水着のようなものか。

(まあ、それはそれで、大いに関心はあるのだが。)

結局、花火大会の会場近くの風光明媚な観光地を回り、夜に花火大会を見よう、ということにした。


当日。花火大会ということもあり、近くの観光地も「キモノキャンペーン」と称して、和服姿だと色々とお得な割引特典がある、というので、結局、今回も浴衣で出掛けることにした。

この前に現世で買った、デニムのパンツ姿も見たかったのだが、それは次の楽しみにとっておこう。

砕蜂隊長の浴衣は、この前とは違う、濃紺に白で撫子の意匠があしらわれた、少し大人っぽいものだった。帯はトレードマークの黄色だったが、この前の兵児帯とは違って、これまた少し大人っぽい黄色といっても辛子色に近い、落ち着いた色の半巾帯を、文庫結びににしていた。

昼は、ちょっと張り込んで、山あいにある料亭旅館で川床料理を堪能した。料理を運んできた女将と思われる人が、

「街のほうの川床と違うて、涼しおすやろ? よかったら、手ぇつけて涼んでいっとくれやす。」

と言って、料理を置いていった。平日ということもあり人も少なく、隣の席とは衝立で仕切られてはいたので、砕蜂隊長は少し大胆な行動に出た。川床の縁に座って浴衣の裾を少しだけ持ち上げると、足先を川に浸したのだ。こういう子どもっぽい一面があるのも、俺は好きだ。

「ふふっ。冷たくて気持ちよいぞ。檜佐木もどうだ?」

「いや、俺は遠慮しときます。」


砕蜂隊長がその白くほっそりした脛を見せているだけで、俺は十分くらくらした。

(水着姿なんか見たら、鼻血がとまらなかったかもしれない。)

昼食後はゆっくりと散策して、途中、甘味処などに寄りながら、夕刻、花火大会の会場である近くの湖に向かった。花火は湖岸から打ち上げられ、それを湖にかかる大きな吊り橋型の橋のアーチの上で、誰にも邪魔されず鑑賞した。これは、義骸に入っているとはいえ、死神ならではの特権だろう。普通の人間には昇って来られないし、暗がりで、まさかそんなところに誰かいるとは、思いつくまい。

花火大会が始まった。

「なかなか見事なものではないか。」

「ええ。まあ、この近辺では一番大きな規模の花火大会らしいですから。」

しばらく花火に見入っていたが、花火大会が小休止になったとき、俺は勇気を出して、砕蜂隊長の手の上に自分の手を重ねてみた。跳ね除けられるかと思ったが、そんなこともなく、しばらくそのまま手を重ねたまま、次の花火が上がるのを待ち続けた。そして花火大会が再開された時、不意に、

「檜佐木、◯◯◯◯◯」

花火の音に掻き消されてよく聴こえなかったが、幻聴でなければ、たしかに、「ありがとう」と聴こえた。

「え?」

思わず横を見ると、一瞬掠めるように、砕蜂隊長の唇が頬にあたった。

「へ…? 何ですか? 今の、何ですか? ねえ、もう1回、ねえ、砕蜂隊長っ!」

「聴こえんな。」


そう言って素知らぬ顔で花火を見つめる砕蜂隊長の横顔は、ほんのりと赤かった。

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