旧・拍手御礼駄文

□七夕
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尸魂界でも、まだ梅雨は明けない。だから、せっかく2人とも非番のときに砕蜂隊長が遊びに来ていても、正直、暇をもて余してしまう。

恋人同士なら、いくらでもヤルことがあるだろう、と思うと、今のこの関係は実に……、歯痒い。

そういえば、俺が非番の時に砕蜂隊長がウチに来ていることが最近多いような気がするのは、俺の願望か妄想か。

でも、いい加減この関係を一歩でも半歩でもいいから前進させたい。そこで俺は砕蜂隊長をデートに誘ってみることにした。


「砕蜂隊長の次の休みっていつですか?」

「ん? フム…。」

寝そべって俺の雑誌を読みながら、実に関心無さげな生返事が返ってきた。何を熱心に読んでいるのかと思ったら、現世の情報誌だった。

(お?)

砕蜂隊長が読んでいたのは、デート向きの、女の子の喜ぶスイーツ店の特集だった。

「ね、たまには現世にでも遊びに行きませんか?」

「現世は……。正直好かぬ。」

「え〜っ。今、ご覧になっている甘味処にもお連れしますから、ね? 行ってみましょうよ。」

「う…。」

どうやら、現世のスイーツには心を動かされたようだ。

「しかし、義骸に入らなくては味わえないではないか。私は義骸に入ったときに、現世に馴染める服を持ってはおらぬ。」

(う〜ん。なかなか手強い。)


その時、ふと俺が読んでいたほうの雑誌の見出しが目に入った。「オトコを上げる浴衣の着こなし! この夏、彼女と一緒に出かけよう!」

(これだ!)

「砕蜂隊長、7月7日あたりって休み取れませんか?」

「急に何だ?」

「ほら、この日は現世でも七夕祭りにかこつけて、浴衣を着ている連中が多いから、俺たちも浴衣なら目立ちませんよ。」

「別にそんなにしてまで現世に行きたくはないのだが…。」

「でも、義骸に入らないと、そのスイーツ食べられませんよ?」

「う…。」

「ね? 行ってみましょうよ。」


こうして俺は、砕蜂隊長との初デートの約束を取り付けた。

そして当日。待ち合わせの場所は俺の家だった。30分くらい前から支度を整えて、砕蜂隊長が来るのを待っていた。俺は紺のしじら織りの浴衣に濃灰色の角帯だ。

(この期に及んで急な仕事とか入らないよな? まだかな、まだかな……。)

俺が犬だったら、きっと尻尾を大きく振〜り振〜りしてご主人さまを待っているような感じだっただろう。

そこへ、義骸を担いだ砕蜂隊長がやって来た。

(ご主人さま、もとい、砕蜂隊長、来た〜っ!!)

俺に尻尾があったならピーンと伸びているだろうな、というくらい、俺は心の中で狂喜乱舞していた。

砕蜂隊長が義骸に着せていた浴衣は、紺地にシンプルな朝顔の柄が入ったもので、帯は死覇装の時のトレードマークにもなっている黄色で、兵児帯だった。

穿界門を開き、目的地から少し離れたところにある、人目につかないビルの屋上に到着する。現世でもまだ梅雨明けはしていなかったが、その日は運良く晴れていた。

そして、義骸に入った砕蜂隊長は、本当に可愛かった。後ろでいつもよりふんわりと蝶むすびにしてあると、まるで少女のようだ。

「なんだ? じろじろと。そんなに変か?」

「いや、可愛いっすね。」

そう言うと、うっすら顔を赤らめる。…可愛い。

とその時、今度は砕蜂隊長がじっと俺の顔を見つめてきた。

(もしかして、俺に見惚れてくれてる?)

心拍数が跳ね上がったが、次に言われたのは実にがっかりなことだった。

「貴様の義骸には刺青と傷を入れておらぬのだな。なんだか別人みたいだ。」

「だって、あれがあると、絶対にヤバい連中に絡まれるんすよ。傷は目立たないように阿近に頼んだんです。だから、うっすら入ってるでしょ? こっちで揉め事は起こせないから、特別にこうしてもらってるんです。」


とりあえずお目当てのスイーツの店に行って、甘味を堪能する。和菓子が好きなのかと思っていたが、洋菓子もお好きなようだ。

そして、ぶらぶらと歩きながら、こちらにいつでも来られるように、と洋服も物色した。砕蜂隊長が選んだのは、ストレートのデニムパンツにシンプルなTシャツという、なかなか男前なチョイスだった。足元はスポーツブランドのスニーカー。本人曰く「動きやすい」とのことだった。もっと可愛いワンピース姿とかも見たかったのに、と思ったが、彼女らしいといえばその通りだった。まあ、これでまた、次の季節が来る前に誘える。


雨が降っていなかったので、七夕祭りのイベントも、結構な人出だ。思わずはぐれそうに思えて手を掴んだ。

「な、何をする。こ、子どもではないぞ。」

(ん? 意外にも動揺してる?)

「はぐれても、霊圧をたどればよいことではないか。伝令神機もある。」

「でも、せっかくのデートなんですから、手を繋ぐくらい許しちゃもらえませんかねぇ…。」

「『でえと』だと?」

砕蜂隊長の顔はあきらかに赤かった。

(もしかして、この人、照れてる?)

「同じ布団で寝てるくらいなんですから、今さらどうってことないじゃないですか。」

と、へらりと言うと、

「た、たわけっ! 他人が聞いたら何と思われるか…。」

「でも、どっからどう見ても俺ら、デートですよ。なまじよそよそしくしてるほうが変に見えますって。」

俺は心の中でペロリと舌を出した。が、実際、周りはカップルだらけで、皆、手を繋いでいた。すると、何と砕蜂隊長が自分から、おずおずと俺の手を握ってきた。

「あ、怪しまれると……、いけないからな。」

耳まで真っ赤になりながら言われると、もう俺は、くらっとしてしまった。だが、ちゃっかりとお言葉に甘え、手を握り直した。所謂……、「恋人繋ぎ」というやつだ。

きゅっと握ると握り返してくれた。俺は天にも昇る(…いや、それでは魂葬だ)心地で、幸せを噛み締めていた。

やがて、イベント会場の中心までやって来ると、大きな竹が据え付けられていて、願い事を書いてくくりつけるという、他愛もないイベントだったが、とりあえずせっかく来たのだからと、俺は願い事を書くことにした。

(砕蜂隊長とずっと一緒にいられますように。)

実にありきたりだが、まあ、これも一興だ。だが、意外にも砕蜂隊長も何やら書き込んで笹にくくりつけていた。

「何、書いてたんですか?」

「知らんな。」

砕蜂隊長の筆跡なら分かるが、あえて短冊を探すような不粋な真似はやめておいた。

「じゃ、もう少しブラブラしてから帰りますか。」

そう言って、歩きだすと、自然に手と手が触れて、どちらからともなく手を繋いでいた。


――ちなみに。砕蜂の短冊には、「檜佐木とでえとが出来るよう願う」と書いてあった。

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