旧・拍手御礼駄文

□雨宿り
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しとしとしと。雨が降る。尸魂界(ソウル・ソサエティ)でも、六月は梅雨で、雨の日が多い。

この雨粒は、どっから来るんだよ? と思いながら、ぼんやりと窓の外を見る。砕蜂隊長と初めて言葉を交わしたのも、こんな天気だったよな…。もっとも、季節は違ったが。

あれ以来、雨が降ると、彼女のことを想ってしまう自分がいる。

あの時のことは、まだ訊くことができずにいる。いつか砕蜂隊長が話してくれるようになるまで、気長に待とう。そう思っている。

「檜佐木、どうかしたのかい?」

東仙隊長に突然、声をかけられた。

(いけねぇ。勤務中だった。)

「す、スミマセン。ちょっとぼんやりしてました。」
「疲れているなら、少し気分転換に、外の空気を吸ってきたらどうだ?」

「いや、大丈夫っす。隊長こそ、瀞霊廷通信の編集を、ほとんどお一人でこなしておられますけど、俺にできることがあったら、もっと仰ってください。」

「十分、助かっているよ。……檜佐木なら、私がいなくなっても、任せられるな。」

最後の方は呟くように言った。何かが心に引っ掛かったが、俺は結局、何も言わなかった。


家に帰ると、軒下で砕蜂隊長が待っていた。

「砕蜂隊長! 鍵、どうしたんですか?」

「執務室の机の中に忘れた。取りに帰ろうとも思ったがこの雨なので、檜佐木の帰りを待っていた。」

「伝令神機、鳴らしてくださったらいいのに。」

「貴様、そう言う割には、あまり出ぬではないか。」

「あ…、スミマセン。」

「まあ、いい。雨宿りだと思って、あの花を眺めていた。」

砕蜂隊長の視線の先には、紫陽花があった。誰が植えたかは知らないが、俺がこの官舎に入った時にはあった。特に手入れなどはしていないが、この時期になると大輪の花を咲かせる。

「知っておるか? 紫陽花にもわずかだが香りがあるのだぞ。私は結構好きだ。」

「へえ。知りませんでした。」


俺たちはしばらく黙って紫陽花を眺めていた。


結局その日、砕蜂隊長はお泊りだった。というか、最近は俺の家に来る時は、ほとんど泊まっていくことが多くなってきた。

その晩。夜中にごそごそと砕蜂隊長が俺の布団に潜り込んでくる。無意識の行動のようなのだが、正直、この時期は暑くないのか? と思ってしまう。もちろん、布団は薄手の夏布団に替えてあるが。

そして最近、――あの黒猫が現れてからだ。砕蜂隊長は悪夢にうなされているようで、時々、眠りながら涙を流すことさえある。あの砕蜂隊長が泣いている。そういう時、決まってある人物の名前が出てくる。寝言なのでよく聞き取れないのだが、

「よ……、さま」
「……ち、さま」

どうやら男の名前のようだ。ちょっと、いや、かなり面白くない。でも、あまりに辛そうなので、俺は少しの罪悪感とともに、ぎゅっと砕蜂隊長を抱きしめ、背中をさする。

そういえば、いつだったか蜂家に招かれた時に、家令の李老人が言いよどんだ「唯一心より信頼を寄せておられた御方」のことだろうか。


でも。たとえ砕蜂隊長に忘れられない人がいたとしても、俺は構わない。たとえば、降りしきる雨の中、一時でも、雨をやり過ごすことができるのなら、俺は喜んでその場所になろう。

「砕蜂隊長、大丈夫ですよ。ヘタレですけど、俺がここにいます。」

そっと囁いてみる。


翌朝。雨はすっかり上がっていた。砕蜂隊長はもういなかった。朝ごはんくらい食べていけばいいのに。隊長職はそれほどまでに忙しいのだろうか?

家を出るときにふと、紫陽花に目がいった。俺は、手ごろなものを一輪手折り、その日の昼休み、弁当とともに砕蜂隊長に届けた。

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