旧・拍手御礼駄文
□夜桜
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今はここ、尸魂界でも桜が盛りである。
瀞霊廷内でも、十番隊副隊長・松本乱菊をはじめとした、いつもの飲み会大好きメンバーが、何かにつけて、あちこちで毎晩のように酒宴を催していた。今夜は八番隊隊舎の庭での酒宴であった。すると、乱菊が檜佐木に絡んできた。
「ちょっとぉ、修兵〜。聞いたわよ〜。あんた最近、砕蜂隊長にお熱だっていうじゃな〜い?」
「誰に聞いたんすか?」
「誰に、じゃないわよ〜。バレバレじゃな〜い。あ〜んなにしょっちゅう、二番隊隊舍に通い詰めてたら、誰だって分かるわよ〜。バっカじゃな〜い?」
「檜佐木さん、そ、それで、砕蜂隊長とはどこまで行ってるんですか?」
松本の発言を切っ掛けに、それまでその話題について訊きたくてうずうずしていた連中が、興味津々に尋ねてくる。
だが檜佐木は面白くなさそうに、
「どこまで、って、ちょっとそこまでだよ。」
ぐいっと一気にお猪口の酒を飲み干す。
「こらこら、君たち、他人の色恋に口出すもんじゃぁないの。不粋だよ。」
飲み会仲間で唯一の隊長である京楽が嗜める。が、
「で、檜佐木くん、どうなんだい?」
(結局、アンタも訊いてんじゃねぇかっ!)
「ま、君はともかく、あの砕蜂ちゃんがねぇ。」
「俺はともかくって、どういうことっスか。」
「いやぁ、ね。檜佐木くんはさぁ、女の子とお付き合いくらいしたことはあるでしょ? でも、砕蜂ちゃんのほうはさ。なんか、お固い感じじゃない。」
「俺だってそんな経験豊富じゃありませんよ。全然、脈ナシっす。」
ぐいっと、もう1杯飲み干す。
「え〜っ。やっだあ、修兵、もしかして経験無いの〜?」
「乱菊さん、ちょっと飲みすぎですよ。」
吉良が見かねて止めに入るが、檜佐木は憮然として、
「俺、今日はもう、帰ります。」
と席を立った。
「修兵〜っ、がんばるのよ〜っ!」
「もう、乱菊さんっ!」
酒宴を後にして独りになる。ふと、砕蜂は今頃どうしているのだろうかと思いを馳せる。はじめて砕蜂と出逢ったあの森に、桜の大木があったのを思い出し、足は自然とそちらへと向かった。
あった。あの木だ。桜は散り初めで、花弁が風に吹かれて舞い散る様子は幻想的だった。
とその時、よく知った霊圧を感じた。この霊圧は、―砕蜂隊長? 向こうも逸早くこちらに気づいていたらしく、桜の大木の枝の上から、真っ直ぐこちらを見据えている。
「なんだ、檜佐木、貴様か。松本たちと呑んでいたのではないのか?」
「ええ、まあ…。」
「何をしに来た?」
まさか、皆に冷やかされて居づらくなって退出したとも言えず、
「ちょっと独りで夜桜見物しようかと思ってここまで来たら、先客がいらっしゃったという訳ですよ。」
と答える。
すると砕蜂は、
「独りで夜桜見物か。ならば私は邪魔だな。退散するとしよう。」
と言った。
「いえ…。できれば少しの間でいいですから、俺と一緒に居てくださいませんか。」
酒が入っていたせいもあり、いつもより大胆な言葉が出てくる。しかも、いつもならへらりと笑いながら言うところだが、今夜の檜佐木は少し違っていた。
砕蜂は、いつになくふざけたところのない檜佐木に、胸がざわざわと落ち着かない感じがした。しかし、断ることもできず、
「あ、ああ。よかろう。」
と言ってしまった。
「そちらに行ってもよろしいですか?」
と言うと同時に、檜佐木は砕蜂のいる枝に跳び移った。
「……。酒臭いな。」
「そりゃ、呑んでましたから。」
「ふん。酔っ払いが。」
「酔ってません。」
「酔っ払いほどそう言うのだぞ?」
「まあ、そうですね。正しくは、酒には、酔ってません。」
(あなたに酔っているんです)などというクサい台詞はさすがに言えず、くくっと笑った。
「何だ、それは。」
砕蜂が呆れたように言う。
「まあ、いいじゃないですか。それより、ここの桜、こんなに立派なのに、意外と穴場なんですね。誰も居ないなんて。」
「ああ。だから、私は桜を見るときはこの木のところに来ることが多い。」
暫く、2人とも黙って木の枝に腰掛けて、散る桜を眺めていた。
不意に檜佐木が言った。
「もう少し近くに行ってもいいですか?」
「ん?」
砕蜂が反応した時、すでに砕蜂は檜佐木の腕の中にいた。
「隙だらけですよ、砕蜂隊長。」
「こ・の、酔っ払いが!」
慌てて撥ね退けようとしたが、後ろから抱きすくめられているような格好なので、2人の体格差から、なかなか上手くいかない。本気を出せば吹っ飛ばすこともできただろうが、なぜかそうできなかった。砕蜂は抵抗するのを諦めて、大人しくなった。
酔いに任せ、ぶっ飛ばされるのも覚悟でほとんどやけっぱちの行動に出た檜佐木であったが、意外に砕蜂が大人しく自分の腕の中に納まっているのに驚いた。
「どうしたんですか? いつものあなたなら、俺をぶっ飛ばすところでしょうに。」
「酔っ払い相手に、いちいち本気で怒っていられるか。それとも殺されたかったのか?」
静かに砕蜂は言った。
「そ…、っすか。じゃあ、酔っ払いは、お言葉に甘えて、しばらくこのままでいさせてもらいますね。」
ドクン、ドクン、ドクン。いつもより自分の鼓動が早く、煩く感じられる。きっと、余裕無いのなんて、砕蜂隊長にはとっくにバレているんだろうな、と自嘲しながら、ふと砕蜂を見ると、暗がりでも、耳がうっすら桜色に染まっているのがわかった。
(もしかして、砕蜂隊長も余裕がねえ…?)
一方、砕蜂は、檜佐木に後ろから抱きしめられていると、自然と自分の鼓動が早くなるのがわかった。顔が火照ってくる。檜佐木に今の自分の状態を気取られぬように、あくまで平静を保ち、舞い散る桜を見ているようにした。
ようやく少し落ち着いてきたところで、檜佐木が耳元で呟いた。
「砕蜂隊長、俺…。」
「今は言うな。」
檜佐木が言おうとしていることは分かっていた。だが今の自分にはそれを受け容れるだけの余裕が、ない。いつものへらりとした口調で言われているのとは訳が違う。
またしばらく沈黙が訪れた。そして急に檜佐木のひんやりとした頬が砕蜂の火照った耳に当たった。
「檜佐木?」
―檜佐木は眠っていた。
「この莫迦者が。」
すっかり力の抜けた檜佐木の腕をすり抜けてその場を立ち去ることは簡単だった。だが、もうしばらく、檜佐木の温かい腕の中に包まれていたい気がして、そのまま桜を眺めていた砕蜂であった。