旧・拍手御礼駄文

□雛まつり
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今日は桃の節句。いわゆる雛まつりだ。土曜日でもあるが、職業柄、今日も二番隊隊長・砕蜂は仕事で隊舎に詰めていた。

檜佐木は、いつものように昼休みに弁当を持って二番隊隊舎を訪れた。

「ちわ〜っす。弁当届けにきました。」

「檜佐木、貴様、今日は非番ではなかったかっ!」

「ええ、まあ。」
檜佐木はへらりと笑うと弁当の包みを差し出した。

口では邪険な物言いをする砕蜂であるが、最近ではまんざらでもない檜佐木の弁当配達であった。弁当箱の蓋を開けてみると、桃の節句に因んでか、雛人形をかたどった弁当になっていた。海苔や金糸卵やでんぶやらで、巧くあしらわれている。

「ほう、なかなか巧く作るものだな。うむ。味もよい。」

砕蜂が昼食を食べている様子を来客用の椅子に座って眺めていると、

「他人が食事をするところをじろじろ見るな!」
と一喝された。しかしそんなことでめげる檜佐木ではなかった。

「ところで、今日は桃の節句ですが、砕蜂隊長は雛人形を飾ったりなどはなさらないのですか?」

「そのようなもの、面倒だ。実家にはあるだろうが、文字通りお蔵入りだ。」

(しまったままだと、行き遅れますよ…。)
ぼそりと檜佐木が呟いたのを砕蜂が聞き逃すはずもなかった。

「貴様、私に喧嘩を売りに来たのか!」
砕蜂が弁当箱の蓋を掴んで投げようとしたその時、

「いや、だって、俺は流魂街の生まれですし、周りだって野郎ばっかで、本物の雛人形なんてほとんど見たことないんすよ。砕蜂隊長なら貴族のお生まれだから、きっと素敵なのをお持ちなのだろうな・と。」

「ふむ…。見てみたいか?」

「そりゃ、もちろん。」


しかし、その後は会話もなく、砕蜂は黙々と弁当を食べ、包みを檜佐木に返した。


そしてその日の夕刻、檜佐木の伝令神機に砕蜂から連絡が入った。今すぐ蜂家の本家まで来い、とのことだった。

さすがに貴族のお屋敷に行くとなると、いつもの死覇装では気が引ける。精一杯、一張羅の着物と羽織を引っ張り出すと、急いで着替え、蜂家に向かった。かろうじて、手土産にする大前田御用達の高級和菓子も用意できた。

蜂家に着き、自分が九番隊副隊長の檜佐木であることを名乗ると、門番は一瞬、檜佐木をじろりと見たが、すんなりと通してくれた。

玄関で少し待たされると、これまたいつもの姿とは違った、振袖を着た砕蜂が出迎えた。さすがに檜佐木は顔が赤くなるのを隠せなかった。

「振袖、かわいいっすね。」

「かわいいなどという年頃でもないわっ!」

「あ、俺が昼間に言ったこと、根に持ってます? でも本当にお似合いですよ。」

「う、うるさい! それより貴様こそ、めかしこんでどうしたのだ?」

「そりゃ、貴族さまのお屋敷にお邪魔するんですから、いつもの格好では…。」
「そ、そうか。」
なぜか顔を赤らめる砕蜂であった。


「で、急にどうしたんですか?」

「貴様の見たがっていたものを見せてやる。ついて来い。」
そう言って広間に通されると、そこには立派な雛人形が飾ってあった。

「私は、大勢の兄弟の一番下に生まれた女子だったのでな。皆、喜んで、なかなか良いものを誂えてくれたのだそうだ。昔は屋敷の者たちが飾ってくれていたのだが、最近は実家にもあまり帰っていなかったので蔵にしまいっぱなしだったはずだが、大事にしてくれていたようだな。」

「へえ。これが砕蜂隊長の…。」
蜂家の人々の、砕蜂への思いが伝わってくるような気がした。


「ところで檜佐木、腹は減っておるか?」

「え? ああ、まだ晩飯は食ってないです。なんせ急だったもんで。」

「ならば、今宵は私が馳走しよう。いつも弁当を届けてもらっているからな。せめてもの礼だ。」

「ありがとうございます。喜んで御馳走になります!」

その夜は、砕蜂の振袖姿と、蜂家の料理人が腕を振るって作った料理を堪能して、幸せなひと時を過ごした檜佐木であった。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、蜂家を辞する頃合となった。砕蜂は玄関で見送り、門までは家令と覚しき初老の男性が付いてきた。

「檜佐木様、本日は本当にありがとうございました。わたくしは、蜂家の家令を勤めさせていただいております、李朱旭と申します。」

「い、いやっ、お礼なんて、こちらこそこのような柄の悪いヤツが突然伺って、厚かましくも御馳走にまで預かりまして…。」

「何を仰います、檜佐木様は護廷十三隊の副隊長ではございませんか。」

「でも、俺は流魂街の出身で…。」

「そのようなこと、上級貴族の方々ならいざ知らず、どうかお気になさりますな。」

「あ、ありがとうございます…。」


李老人はゆっくりと歩きながら、静かに語りだした。

「砕蜂様がこちらにお戻りになることは、滅多とございません。」

「そうですか…。じゃあ、いつもは?」

「隊舍の近くの官舎にお住まいで、わたくしどもがそちらに伺うことも、よほどのことがない限りございません。」

「あの、失礼ですが、砕蜂隊長にご家族は?」

「砕蜂さまがお小さい頃に、ご両親は相次いで他界、5人いらっしゃった兄君方は全員刑軍での任務を全うし、殉職されました。蜂家は、処刑や暗殺を生業とする家にございますゆえ、ある意味宿命とも言えましょう。」

檜佐木は息を飲んだ。

「じゃあ、砕蜂隊長は、かなり小さい頃から、独りぼっちだったってことですか?」

「もちろん、わたくしども使用人がおりましたが、お身内という意味ではそうなるかもしれません。砕蜂様がお小さい頃は、あのように雛人形をお出しして、皆でお祝いもしたものですが、兄君方が全員お亡くなりになり、砕蜂様は蜂家当主となられてすぐに刑軍に入られましたので、もうここ百何十年と、そのようなことはなかったのです。」

「え? じゃあ、砕蜂隊長は真央霊術院には行かれなかったんすか?」

「ええ。ですから、お友だちと呼べるような方も、ほとんどいらっしゃいませんでしたし、唯一心より信頼を寄せておられた御方も…。」

そこで李老人は、口を濁した。檜佐木もそれ以上は訊いてはならない気がして、黙りこんだ。しばし静寂が支配したが、李が気を取り直すように言った。

「老人の昔話にお付き合いさせまして、申し訳ございませんでした。とにかく、本日はわたくしどもも、久方ぶりに心が華やいで、嬉しゅうございました。そもそも、砕蜂様がこちらにどなたかを招かれることなど初めてなもので、僭越ながら、檜佐木様は砕蜂様にとって特別な御方とお見受けいたしました。」

「えっ!? い、いやっ、そんなことは……。」

檜佐木は顔を真っ赤にして手を振って否定したが、李は静かに微笑み、

「これからも砕蜂様のことを、どうかよろしくお願いいたします。」
そう言って、深々と頭を下げた。檜佐木はつい、

「あ、こちらこそ……、」
などと言ってしまってから、

「す、スミマセン。厚かましいこと言いましたね、俺。」
と慌てて、がしがしと頭を掻いて非礼を詫びたが、李老人は静かに笑って、

「では、檜佐木様、わたくしもここで失礼いたします。お気をつけてお帰りくださいませ。」
そう言って再度お辞儀をして、檜佐木を見送った。


蜂家から自宅に戻った檜佐木は、布団の上で仰向けになり、しばらく考えこんだ。

砕蜂にはじめて出会ったとき、どこか淋しそうに見えたのは、李老人の語った砕蜂自身の生い立ちにあるのだろう。そして何より、李が言葉を濁した「唯一心から信頼を寄せておられたた御方」にも関係することは容易に想像ができた。それは男なのだろうか。聞いてしまった以上、気にならないといえば嘘になる。

しかし、それはいつか砕蜂の口から聞きたい。それまでは自分は知らなかったことにしよう、そう思い、長かった一日を終えた。

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