異世界
□「事故」?
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握手は、女子同士ならともかく、野郎(できれば俺以外…とは言えなかった)にはなるべくするなよ、と言い含めた。相手にどんな誤解を与えるか分からない、と釘を刺しておいた。
――別に握手くらい、どうってことはないのに、なぜか俺がイヤだったのだ。
その日はバイトが入っていたので、そこで別れ、一旦家に帰り、着替えて仕事に向かった。
そろそろ上がりの時間、と思ったところに、客が入ってきた。マニュアル通り、
「いらっしゃいませー。」
と言って客の顔を見ると、なんと砕蜂だった。晩飯と思われる惣菜を買って会計が済むと、買ったものの中からやおら、缶コーヒーをずいっと差し出した。
「へ?」
「ん。これは檜佐木にやる。」
それは俺がよく好んで飲んでるヤツだった。そして、彼女は制服のままだった。
「何? お前あれから家に帰らなかったの?」
「いや、その…。」
「俺あと5分くらいしたら交替だから、待てるか?」
それから急いで帰り仕度をして、砕蜂を家まで送ることにした。道すがら彼女がくれた缶コーヒーを見ながら、
「俺、このコーヒー好きなんだ。」
と言うと、
「ああ。よくそれを飲んでいるのを見かけるから。」
と答えた。
(よく見てるな…。)
ちょっと嬉しかった。
「で、なんでまだ制服なんだよ?」
「伊勢が行っている予備校に特待生制度があるのを教えてもらって、行ってみた。説明を受けたり資料をもらったりしていたら、この時間になったのだ。夏期講習前に、模試があって、夏期講習受講希望者には、その成績に応じて特待生制度が適用され、成績優秀者は、授業料がかなり安くなるそうだぞ。」
そう言って、ごそごそと鞄の中から資料を取り出し、
「これは、檜佐木の分だ。」
と言って渡してきた。
「俺?」
「あ…、いや、もうどこかに決めているのなら、余計なことだったか? スマン。」
「いや、俺そろそろ調べねえとって思ってたところなんだ。助かる。特待生制度のことは聞いてたけど、具体的にはよく知らなかったし。」
「なに、私も夏期講習くらいは受けたいと思っていたので、ついでだ。」
そう、はにかんだように言うが、「ついで」とはいえ、俺の分までもらってきてくれたのは、すごく嬉しかった。思わず、
「サ〜ンキュっ!」
と、野郎共にするように首に腕を回してタックルをかますようにしたつもりだったのだが、砕蜂の身体が思った以上に華奢だったので、抱き寄せるようなかたちになってしまった。