異世界
□誤解
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図書室から出て行ったきり、砕蜂はその日は午後から早退してしまった。
昼一の5時限目は、数学の市丸ギン先生だった。先生は京都の老舗のボンボンらしいが、跡取りではないので、大学で東京に出てきてそのままこちらで就職したらしい。ただ、京都弁というのは、なかなか抜けないようだ。
「ほな、出席取るで。ええっと、砕蜂は早退言うてたな。」
そう言ってから、やおら出席を取り、授業を始めた。
俺は、出席を取る前に市丸先生が言ったことが気になり、授業が終わって廊下に出た先生をつかまえて訊いた。
「市丸先生っ!」
「ああ、檜佐木かいな。君、女の子泣かしたらアカンで。」
「へ? 何のことですか?」
「砕蜂ちゃんのこと、ボクに訊きに来たんやろ?」
「え、ええ。出席取る前に早退って仰っていたから、何かご存知なのかと…。それと、俺が女の子泣かしたって、どういうことっすか?」
「君、昼休みに図書室であの子になんか言うたん? ああ、別に見てた訳やないよ。ただ、図書室から出てきた砕蜂ちゃんと廊下で偶然すれ違うた時に、『今日は早退する』言うて行ってしもたから。あれ、泣いとったんちゃうかなー、思て。」
「で、どうして俺なんすか。」
「せやかて、君らしょっちゅう、図書室で一緒に勉強してるやん。砕蜂ちゃんも君以外の子ぉらと話してるとこ、見たことあらへんし。そしたら、原因は君しかおれへんかなぁて。」
そう言っている間も、先生は少しも表情を変えず、俺を咎める訳でもからかう訳でもなく、最後に一言付け加えた。
「あの子、君が思てる以上に繊細やさかい、優しゅうしたらンなアカンよ。」
――市丸先生は何を考えているかよく分からないところもあるが、とても鋭い。