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□白くこころに宿る
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とある塾帰り。時計の針が十を指し、最寄りに降り立つ頃。今日は何かあるのだろうか、と思うほどの人の群れ。怪盗キッドが来たぞ! と叫ぶ誰かの声を機に、人々は歓声を上げる。そうか今日は予告日か、だなんて頭のなかで納得していると、とつぜん歓声は悲鳴に変わった。ひとりの小さな少年が怪盗キッドに向かってサッカーボールを蹴り上げていたからだ。
世間を騒がす怪盗キッドは、空中を舞い避けるものの、運悪く目の前に迫る高層ビルに体勢を変えられなかったのか、衝突してそのまま一直線に急降下した。白い鳥さんを追う覆面パトカーを見た瞬間、わたしは無我夢中で手を伸ばした。
路地裏に倒れる彼をわたしは自宅に連れていってもいいかと有無を訊くと、彼は薄れゆく意識のなかで小さく頷いた。
制服の上に着ていたダッフルコートを脱いで、彼に羽織らせる。目立つシルクハットとモノクルは脱ぎとってもらった。
それらを脱いだ彼は、どう見てもわたしと同い年の少年にしか見えなくて思わず息をのんだ。
癖っ毛のある黒い髪と、瞳を閉じた彼の顔に、見惚れてしまう。
ハッとして、彼の腕をわたしの肩に回し、記憶も曖昧なままわたしは自宅に彼を連れ帰った。


自宅に到着し音をたてないよう、スクールバッグを玄関に下ろし、自室へと繋がる階段を一歩一歩ゆっくりのぼる。
両親はまだ帰っておらず、妹と弟はリビングでテレビに食いついているのか、音だけが聞こえた。
自室に着き、彼をベッドにそっと下ろす。
彼はまだ意識が朦朧としているのか、はたまた失っているのか、瞳を閉じたままだった。
湿布でも持ってこよう、と思い立ち、彼を起こさぬよう静かに部屋を出た。


時刻は丑三つ時。
怪盗キッドもとい黒羽快斗は痛む頭を抑え、うっすらと瞳を開けた。
いま自分がいる位置を確認しようと、辺りを見渡す。

「(そうか、昨日はいろいろあったんだっけか)」

部屋中にはもう溶けてしまったぬるい保冷剤があちらこちらに散らかっている。
カーテンの隙間から射し込む月の光が、それ以外にも映していた。
ふいに快斗の手を握る少女の手に、彼は肩を跳ねらせる。
匿ってくれたのか、と彼は息を吐いた。
きっと夜に何回も起きて、千鳥足で自分の頭やらなんやらを冷やしてくれたりしていたのだろう。
目の下に出来ている少女の隈に親指を這わせた。
彼は悪いことをしたと眉を下げる。彼女はこれをきっかけに共犯者として警察に追い掛けられるかもしれない。どうしてあの時頷いてしまったのか。自分の安全を最優先してしまった。そんな哀れな自分を悔やむ。

「……ん」

少女が唸り、少年は起こしてしまったかと焦るも、彼女が再び眠りにつくのを確認して、ほっと息を吐く。そして彼は窓の近くに歩み寄った。
怪盗としてまた夜の帳に繰り出そうと窓に手をかける。

「……キッド……?」

はっとして彼は後ろを振り向く。

「もう、行っちゃうの……?」

少女が少年の額に触れると、彼の体温が上がるのが分かった。

「はい。お嬢さんにこれ以上迷惑はかけられませんから」

少年はモノクル越しに微笑む。

「……そっか……。でも、よかった。あなたを助けられて」
「……ありがとうございます」
「……また、会える?」

少女が複雑そうな表情で彼を見つめる。彼は小さく笑って、そして呟いた。

「運命の糸が繋がっている限り、またどこかで」

少女の手をとり、甲に唇を落とす。そして彼は夜へと繰り出して行ったのだった。
悲しそうな顔をする少女を残して。




20130630

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