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□▽縁の下の……
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「大丈夫、オレはおまえをいじめたりしないから」
梵天丸は優しく、猫に話しかける。
それでも猫は近づいてこない。
「仕方ないな。ここで待っててやるから、気が向いたら飯食いにこいよ」
梵天丸は持っていた茶碗を、猫の方に置く。
そしてそのまま、その場に身を丸めて待つことにした。
地面は、ひどく「………ャ…ミャー…」
何かが聞こえた気がして、梵天丸は目を覚ました。
あたりはまだ暗く、ほのかに見えるのは、篝火の光であった。

布団から這い出すと、障子を少し開ける。
吹き込む風が、空気が冷たく、梵天丸は思わず身を震わせた。

「………ャー、……ニャ…ー…」
確かにそれは聞こえてきた。
どこから聞こえてくるのかと、耳を澄ませて聞いてみると、それはどうやら足元のようで。
「この下か……」
縁の下を覗くと、光る目が二つ、こちらを覗いていた。
「猫、か。……寒いから、入りこんだのか?」

大きさはどのくらいなのか、どんな種類なのかも見えない。
「おい、出てこいよ」
梵天丸は、縁の下を覗いたまま、猫に声をかける。
猫は黙ったまま、動こうとはせずに、こちらを見ていた。
「お腹、空いたのか?」
返事のない猫に話しかける梵天丸。
少しだけ、猫が動いた気がした。
「よし、ちょっとそこで待っとけよ。今から、うんまい飯持ってくるから」
縁側から立ち上がると、梵天丸は走って、台所へ向かう。
床は冷たかったが、あまり気にならなかった。


台所には、昨晩の残飯があった。
小十郎が以前、猫に餌をやっていたのを見ていた梵天丸は、それっぽいものを茶碗に盛る。
「よしっ」
うまそうには見えなかったが、小十郎がやっていたものには似ている気がした。
これが猫が好きなものなのだと確信し、梵天丸は茶碗を持って、自分の部屋へと歩く。
こぼれないように、ゆっくりと慎重に。


部屋に戻った時には、空が白んでいた。
朝が、近いらしい。
「まだ、いるか……?」
猫の声は聞こえない。
もしかしたら、もういないのか。
梵天丸は庭に降りると、縁の下を覗く。
手には、茶碗を持っている。
そこには変わらず、光る目があった。
ただ、先ほどとは違い、光のせいか、微かに輪郭がわかる。
「小さいな、おまえ」
そう呟くと、梵天丸は茶碗を抱えたまま、縁の下に体を入れる。
「逃げなくてもいい、これ、うまそうだろ?」
縁の下は、梵天丸の体をもってしても狭いものがあった。
「こっちにこいよ。ほら、飯だ……」
「…………」
猫は警戒しているのか、近づいてこない。


冷たかった。
薄着のまま、縁の下に入ったことを、少しだけ後悔した。


少しして、床の上から何か近づいてくる音、そして障子を開ける音が聞こえてきた。
「………てんまる様、おはようございます」
小十郎、か。
もうそんな時間になったのか。
梵天丸は、そう思った。
思ったが、猫が逃げてしまうのではないかとも思い、返事はしなかった。
「ぼ、梵天丸様………いないのか!?」
梵天丸がいないことに、慌てている様子の小十郎。
そのままにしておいても良かったが、後々のことを考えるとめんどくさいことになるのは目に見えて明らかだ。一応、声をかけておくことにした、ただし小声で。
「小十郎、ここだ、ここ」
「ぼ、梵天丸様!?………どちらに!?」
「……あーー下だ、下」
「………下、ですと」
「あー………っと、こら、おまえ、そんな急にどうした……」
「はっ?……いつもの通り、朝ですので」
「いや、小十郎、おまえに言ってない」
「誰か、一緒なのですか?」
「ま、まぁな……」
縁の下から庭を見ると、小十郎の足が見えた。
猫はといえば、どうにか縁の下から出ようと、梵天丸と格闘中であった。
「………って、おい、やめろって。くそ……いてぇだろ……」
叫ぶ梵天丸、小十郎は何が起きているのかわからず、尋常でなく焦る。
「梵天丸様、大丈夫ですか!?」
縁の下に向かって、叫ぶ。
縁の下から見えるのは、梵天丸の足のみで、気が気ではない。
「大丈夫だ……って、こら、おまえ、落ちつけ…って……」
大丈夫なようには聞こえない、小十郎は冷や汗をかくと同時に、縁の下から梵天丸を引っ張り出すべきかどうか悩む。
身を屈めて、縁の下を覗く。
と、その時だった。
「ニャーー!!」
声とともに、光る二つの目が小十郎に向かってきた。
縁の下では、梵天丸が悪態をついているのが聞こえた。
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