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□▽小さき背中
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これは、伊達政宗がまだ梵天丸と呼ばれていた頃のお話。



ひんやりとした風が吹き抜ける秋口、収穫期を迎えた野菜が夕暮れ刻に輝いてみえる。
そこに、熟れた野菜を一つずつ愛情を込め手に取る若き青年がいた。
名は片倉小十郎景綱、ここ最近、梵天丸の近侍となった者である。
畑仕事も半ば終え、休憩していた時、ある男が小十郎に近づいてきた。

「片倉の、梵天丸様を見かけなかったか?」
「いえ、見ておりませぬ」
……この方は確か、梵天丸様の勉学の師であったな。
小十郎は彼の表情を見て、何が起きたのか、なんとなくだが察した。
「まったく、どこに行ったのやら……今からこの調子ではこれから先が思いやられますな」
「………」
返答するわけにもいかず、小十郎は微かに苦笑する。
「見つけたらすぐ屋敷に戻るようにお伝えしてくれ」
「はい」
……何人目の師、だったか。
小十郎は、頭の中で数を数え、ため息を吐く。
……この状況がいつまで続くのか。梵天丸様は、頭が良いお方だ。何か考えがあってのことか?

ここで考えていても、梵天丸が見つかるわけでもない。
彼も、見つかりたくないから、隠れている。
小十郎は深く深呼吸し、気持ちを入れ替える。
そして、先ほどまでしていた畑仕事の続きを行おうと、ネギが植えてある畑に向かった。
ネギは青々と立派に育っていた。

いくらか抜いたところで、小十郎は手を止める。
その視線の先には、小さい背中がある。
よく知っている、背中だ。
「梵天丸様……」
呟くように言うと、小さな背中はビクッと動いた。
さらに声をかけようかとも思ったが、小十郎はあえて何も言わなかった。
何も言う必要はない、彼から話しかけてくるのを待てばよかった。
差し出しかけていた左手を握りしめると、何事もなかったかのように仕事に戻る。
虫の声、草が揺れる音。
小十郎は彼に背を向け、ただ仕事に勤しむ。
二人に会話はない。
日が傾いたせいか、風が
少し、冷たく感じられた。
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