小話(61〜80)
□One Word "Shine"
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神様、私に言葉を下さい。
私のためだけの言葉を。
私のために、あなたが選び、紡いだ、ただひとつの言葉を。
どうか神様。
ーーーーーー
「葛西、オレがいるよ。安心しろよ」
坂本は穏やかに言った。
葛西が何も言わずに坂本を見詰めると、同じ言葉を繰り返した。
だから葛西は、ああ、これは夢なんだな、と気が付いた。
坂本がこんな事を言うはずがない。
そして夢の中とは言え、坂本に安心しろと言わせた、自分の残酷な弱さを呪った。
そこで葛西は目が覚めた。
夜明けにはまだ早い。
そのまま、腕の中で眠る親友を抱え直した。
寝る前に、どうしようかと話して、結局開けておいた窓からは、涼しい風が入ってきて少し寒いくらいだ。
見ろ、やっぱりもう秋なんだ。
頭に顎をのせてやれば、眠り続ける坂本は、むすぅ、と呻いた。
むすぅ、て何だよ。葛西は喉で笑う。
『コイツが傍にいたから、何だかんだで、オレはずっと大丈夫だった』
その事に葛西が気付いたのは、前田に負けて色々立て直して、更にしばらく経ってからである。
暴走中の葛西は、決して離されないと知っている坂本の手を握り潰しながら、仲間を失うのが怖い!怖いんだ!と叫び続けていた。
坂本はこの時、葛西の安心が、繋がれたふたりの手からは生まれない事を知っていた。
それでも坂本は、握り潰された指を絡めたまま、やはりその手を決して離しはしなかった。
葛西の不安とは別に、彼の『大丈夫』は、ここにずっと確保されていたのだった。
ーーーそれなのに。
坂本に、『オレがいるから安心しろ』なんて言わせてしまった。
欲しいのはそれじゃないと否定して、それでも離れない手をもう一度確認するつもりか。
例え夢でも。
あくしゅみぃ〜、と葛西は自己嫌悪に溜め息をついた。
と、生暖かい息を頭にかけられた坂本が、うぅ…キモ、と寝言で唸った。
ですよネー。
葛西はガックリして、冷えて寂しい夢を見ただけだから、許してヨ、と坂本の頭を撫でたのだった。
「…ってなことが、ありましてな…」
「ちょ!葛西お前、なにビリーと話してんの!?」
もはや行き付けの水族館。
ビリー(電気ウナギ)の水槽の前で、ぶつぶつ言っている親友の姿に、坂本は仰天して駆け寄った。
「ちょいとオレがレストルーム行ってる間に、何があったんだ葛西っ!」
「…ビリー、光んねェな…」
「え!?あ、あァ…」
少し季節を先取った水槽は、人相の悪いカボチャのオモチャに彩られている。
水槽から伸びた電飾にもオレンジのカボチャ。
だが、『ビリーちゃんのハロウィーンランプ』は、先程からチカ、とも光らない。
泥色の電気ウナギは、ぬめーっと水槽の底に沈んだまま、全く動かず、発電する気配もない。
「…コイツだってよ、期待ばっかされても、そうバリバリバリバリやってらんねェよな…」
「か、葛西…?」
「だいたいこんな、しけたぬめぬめ、期待する価値も…ってあだだだだッ!?坂本!?」
「お前にビリーの何が分かんだよッ!!」
「ちょ!待て坂本!キまってるから!肩キまっちゃってますからっ!!」
軽い感傷が大惨事!な葛西の肩を更に捻り上げながら、坂本は叫んだ。
「ビリーはな!ビリーとして素敵なんだ!カッコイんだ!この地球の仲間なんだ!
あんなジャック・オ・ランタンなんか点けらんなくたって、そのままで輝いてるんです!」
坂本は一気に捲し立てると、ようやく葛西を解放し、退化したウナギの小さい目をビシィッ!と指した。
その瞬間、
ウケケケケーッ!
という珍妙な笑い声と共に、カボチャランプが一斉に灯った。
「「ッ!!ビリー!!」」
葛西と坂本は、のたくって発電するウナギの水槽にガバッと張り付いた。
ウケケケケと笑う不気味なBGMにノって、ビリーはうねうねと活動している。
「坂本…お前すげェな…」
「いや…、オレ、ウナギマスターとかじゃないし…」
ぽかんとオレンジの光に照らされるふたり。
が、この時葛西は、電気ウナギ以上のショックに打たれていた。
「…なァ坂本、さっきのあれ、ビリーの事だけじゃねーだろ?」
「?」
「カッコ良くて輝いてるってヤツ」
「!」
瞬く間に、坂本の顔に狼狽の色が広がる。
あァ、やっぱり。
今だけなんかじゃない。
使う単語を、口調を、声音を変えて、坂本は同じ言葉を葛西に伝え続けていた。
それは本当にありふれた言葉の組み合わせで、
でも、坂本が葛西のためだけに、心から選んで紡いだものだ。
ずっとずっと坂本が、葛西に贈り続けていたものだ。
声に乗せて、
繋ぐ手から、
その凪いだ目で、
もうずっと。
お前はカッコイイよ。
お前として輝けよ。
ーーーと。
葛西は坂本の肩を抱いて引き寄せた。
「…お前は…時々、神様みてェで困る」
葛西が耳元で囁くと、
「はァ!?あんだって?あたしゃ神様だョ!」
「うわ!ちょ!バカ坂本!」
顔を真っ赤にして耳の遠い神様のモノマネを始めた坂本の口を、葛西は慌てて手で塞いだ。
が、坂本が喉で笑う息が当たってくすぐったいので、すぐに外す。
いつの間にか奇妙な笑い声は止み、ジャック・オ・ランタンも沈黙している。
閑散とした展示室を、手を繋いで、ふたりは後にした。
葛西は繋いだ手の先の坂本を見る。
これからも、コイツは変わらないのだろう。
オレのための変わらない言葉を、伝え続けるのだろう。
葛西にはまだ、坂本に贈る言葉が見付からない。
だから今は、坂本がきっと笑う言葉を考えようと葛西は思う。
それはずっと遠い先、自分の命の終わりに、坂本がどこにいても彼へ届ける言葉。
葛西が葛西として、
「輝いた」
必ず、そう伝える。
ーーーOne Word "Shine"ーーー