小話(61〜80)

呼ばないけど好きな名前
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「坂本さーん!何か落としたっスよ!」

仁の呼び掛けに、正道館の裏門を出たばかりの坂本は振り返った。

そして、仁がヒラヒラ振っている紙片を見るや否や、ワープ!?早送り!?ぐらいの勢いですっ飛んできた。

「さささサンキュー!仁、仁!それ、見ないで返してくれ!!」

自分たちの憧れのナンバー2が、あわあわする様を可愛ェ〜vなどと思いながら、仁は事実を告げた。

「…すんません、見ました」

拾ったのは一枚のハガキ。つまり思いっきりオープン。

「うっ…、だよなー」
「…ハイ、すんません」

ちなみに放課後の裏門には、バイトに向かおうとしていた坂本と、偶然通りかかった仁しかいない。

「や、いーよ。しょーがねェ」
坂本は頭をがしがしと掻くと、心底困った顔をして、

「仁、これ、内緒な」
くちびるに人指し指を立てて言った。

ちょッ!何この人…ッ!?
キュン死にッ!?
キュン死にするオレ今からッ!!

倒置法で仁は思った。

むしろ今、オレが死ぬことで、坂本さんの秘密は守られる!!それなら本望ッ!!

だがそんなバカな死に方はなく、仁はひたすら頭を縦に振ったのだった。


それからしばらく経ったある日の昼休み。

「今日アイツら、どーしたんだ?」

屋上でパンをかじりながら、リンが言った。
しゃくったアゴの先には、正道館のワンツーコンビ。

葛西と坂本は、並んでフェンスにもたれて座り、何やらずっとうつむいて溜め息をついている。

「朝からずっとあんなんだぜ」
西島は紙パックジュースをすすっている。

「機嫌悪いって感じじゃねェよな」
「いや、むしろ、めっちゃヘコんでるっスよ」
「ふたり揃って何かあったのか?」
いつの間にか集まり、遠巻きにやいやいと様子を伺う男たち。

と、二年生の一人が口を開いた。
「あ、オレ、さっき近くでふたりの会話聞きました」
「お!何て?」
「それが、お互いに、
『元気ねーじゃねェか大丈夫か?』『オレは何ともねーよ、お前こそ元気ねーじゃねェか大丈夫か?』
って繰り返してました」
「何それ!?」

ヤギさん郵便じゃあるめェし、ますます意味分かんねェな、と彼らが首を傾げた時だった。

「坂本さーん!ニュース見ましたよ!こないだのハガキのアレ、残念だったっスねー!」

バーンと入り口の扉を開け、仁が声も高らかに、屋上に上がってきた。

と、
「バ、バカ!仁、お前!!」
坂本が、顔を真っ赤にして叫びながら立ち上がった。

すると、それを見た葛西も立ち上がり、
「今朝のニュース…ハガキ…ってお前まさか!?」
と、坂本の腕を掴んだ。

掴まれた坂本も、ハッとした表情になり、
「え!?あ、葛西お前、朝から落ち込んでたのって…」

ふたり顔を見合わせ、きまり悪そうにヘロヘロと笑い出す。


「「「ハイ!じゃあ、説明して頂きましょうか!?」」」

腕を組んだ正道館生たちが、ふたりを囲んで詰め寄ったので、葛西は不機嫌そうに唸り、坂本は溜め息をついてうつ向いた。


「…ほう、こないだ、ふたり仲良く水族館に行ったところ、可愛いアシカの赤ちゃんの公開が始まっていた、と」
「「ああ」」
「そして愛称の募集をしてたんスね?」
「「そうだ」」

もうとっくに5限は始まっているが、屋上の彼らにはどうでもいい。

無駄な心配懸けやがってこのバカコンビ!!

「で、こっそり互いの名前を書いてハガキを出し」
「愛称決定のニュースをわくわくしながら待っていたが…」
「今朝のニュースで別の名前に決まったのを知って、ガッカリした、と」

「ぐわー!第三者の口から聞くと恥ずかしい事この上ねェー!!」
頭を抱えて身悶える坂本をヨシヨシしながら、葛西は心なしか嬉しそうだ。

ニヤニヤしながら、
「だが、オレァ、やっぱあのアシカにァ、坂本の名前をつけたかったぜ。何せ愛くるしさがハンパ無かったからな」
と、言った。

すると、坂本も顔を上げて葛西を見返した。
「いや、それを言うなら、あの幼さで既にキリリとした感じは、葛西っぽい…」
「ハイハイハイハイ!!黙ってね!?」

やぶ蛇に始まりそうなノロケを、生徒たちが大声で阻止する。

「だいたい、オレもそのニュース見たけどよ、アシカの赤ちゃんて、確かメスだったろ!?ちゃんと見ろよお前ら!!」
リンの叫びは100%正しい。

が、彼らの頭とその親友かつナンバー2は、互いを指差して自信ありげに言った。

「「だから、こいつの名前に“子“付けて出した」」

あ、そうね、桜子薫子菫子だってステキな名前よねって、
「ドォッセェエイアァアー!!小野妹子の時代まで遡ったって採用されるかバカタレーッ!!」

今まで聞いたことの無い声を上げて、西島が叫んだ。

「ッ!!何ィイ!?」
カチコーン!ときた葛西と、西島とリンと他数名がギャーギャー騒ぎ出す。

その傍では坂本が、
『…ったく、仁、内緒っつったろ!?』
『なんなんだよもー』
『お前、しょーがねーなァ』
『…まァ、いーけど』
と、仁に向かって、次々とブロックサインを送っていた。

結局、許されることを知っている仁は、すんませーんすんませーんと頭を下げながら、
ぷんすかして苦笑する坂本さんてタマらん!けしからん!ごっつぁんです!とか考えている。

とにもかくにも、変な名前をつけられることもなく、アシカのお嬢さんの将来は守られたのだった。


ーーー呼ばないけど好きな名前ーーー



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