小話(41〜60)
□あなたの大切な僕だから
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『んな得意そーな顔、してんじゃねェよ』
一瞬、本気でムッとした自分に気付き、葛西は苦笑した。
何て大人げない。
一面のガラス窓の向こうでは、誰もが寒さで肩に力を入れ、俯きがちに冬の街を歩いている。
葛西は、仕事の出先からそのまま入った丼屋で昼食をとりながら、ぼんやりと外の風景を眺めていた。
そこへ彼らは現れた。
少なくはない交通量。
車道の向こう側を歩く彼らに目がいったのは、誰もが寒そうに俯いて歩く中、楽しげに顔を上げていたからである。
そして、目を射るような青い青い制服。
高校時代の、葛西と坂本が歩いていた。
彼らは真昼の幽霊である。
だが、葛西は生きている。
『坂本は、あの時、確かにオレを少し、連れて行ったのだ』
葛西はもう何度も彼らを見ている。
そのうち、高校生の葛西は、今の葛西に気付くようになった。
そうして得意気に笑って寄越すようになったのだ。
幽霊坂本は、今の葛西にはまるで気付いていない。
自分の隣の葛西が、急によそ見をし出したので、不機嫌な素振りをする。
『怒らすな、怒らすな』
その度に、葛西は若い自分に対しても苦笑する。
それにしても坂本は、どこまでもオレのことが大切だったに違いない、と葛西は思う。
幽霊坂本の隣の葛西は、我ながら照れるくらいにカッコいい気がする。
どうしようもないバカだ。
生きている者は、精一杯に生き続ける。
そういう当たり前の事すら重くなるような日に、真昼の幽霊は、
ヒューヒュー!お前ってこんなにカッコいいんだぜー!!
と、目の前にぶら下げにやって来る。
なんつーか、もはや辱しめに近いんだよバカ坂本。
オレを、褒め殺しで死んだ人類第一号にする気かよ。
…バカはホント治んねェな。
厚い雲が少し開いて、微かな陽光が降りてくる。
昼休みはもう終わりだ。
葛西が店の外に出ると、真昼の幽霊たちは、さっさと仲直りを済ませ、楽しげに人混みに消えるところだった。
その背中を見送って、葛西はふたりとは逆の、自分の帰るべき方向へ歩き出した。
ーーーあなたの大切な僕だからーーー