小話(21〜40)
□風宿り
1ページ/1ページ
「!?おっ!お前らどうしたんだよッ!?」
初夏の早朝。
爽やかな雰囲気は、リンの大声で破壊された。
「相手はどこだ!?」
気色ばんだ西島も畳み掛ける。
登校中の正道館生たちの視線は、ボロボロに傷だらけな正道館ツートップに向けられている。
「なんでもねェ」
唸るように葛西が言って隣の坂本を促し、歩調を速めた。
「なんでもねェってことがあるかよ!?」
思わずリンが、坂本の肩に手を掛けると、坂本は、うぎゃっ、と短く叫び、葛西がリンの頭をはたいた。
どうやら、顔や半袖のシャツから出た腕だけでなく、ふたりとも全身に傷を負っているらしい。
このふたりを向こうに回して、これだけのダメージを与える相手がいるなんて!?
「なんか卑怯な手ェ使われたんじゃねェだろーな!?」
西島の一言に、路上の正道館生たちは一気に沸騰した。
「違う違う西島、ホントなんでもねーよ、もう済んだことだ」
坂本が宥めるが、今ひとつ歯切れが悪い。
「あんな事にムキになって、オレたちも、まだまだガキだったって事だ」
葛西も渋い顔のまま言い、傷に触れないように、坂本の腕を引いて歩こうとした。
その辺りから、あり?と生徒たちは違和感を感じた。
さっきから、葛西はともかく坂本まで、まるでこっちと視線を合わそうとしないのは妙だ。
どうやら本当に乱闘沙汰ではないようだが、ふたりして、やたらとソワソワしてるの、おかしくね?
怒りと心配が去って残ったのは、強烈な好奇心だった。
「よし分かった」
西島とリンが、皆を代表して葛西と坂本の進路を塞ぐ。
「本当のこと言わねェなら、『お前らの痴話喧嘩がいくところまでいって、かなり険悪だから隙を突くなら今だ』って噂を流すぞ。いいのか?坂本」
「はァ!?意味分かんね。何言って」
「クソッ!話しゃいいんだろ!話しゃァ!!」
「か、葛西!?」
ぎゃーやめろー!!とか叫ぶ坂本はキレイに無視され、事実は明かされた。
曰く、
昨日は、今日と同じくらい良い天気だった。
葛西と坂本は、午前中でばっさり授業に見切りを付け、学校を抜け出した。
靴底に感じる熱を、爽やかな風がさらってゆく路上で、ふたりは同じことを考えていた。
ーーいま、今年の夏が始まった!ーー
互いの考えを確認するやいなや、彼らは坂本の自転車を出動させ、河原に向かってこぎ出した。
ふたり乗りの自転車は、風のように走る。
ーー今日から夏だ!!ーー
ーー今から夏だ!!ーー
叫ぶ代わりに、葛西は全力で自転車をこぎ、坂本はその後ろに立ち、高く高く歯笛を鳴らす。
襟や袖から入った風は、彼らの制服の白シャツを帆のように膨らませ、それは外からの風を受けて、ばたばたと波を打つ。
一直線に河原を下りきったふたりは、開けた草っ原でバカみたいな曲乗りを始めた。
葛西の馬鹿力と坂本の柔軟性、そしてふたりのバランス感覚を以てすれば、思いつく限りの二人曲乗りは、全て可能だったのだ。
が、
「…蕎麦屋の出前よろしく、葛西さんの掌に坂本がY字バランスで立った状態で、激チャリしたところ」
「自転車及び人間が大破するような大転倒をした、だと」
何か爆弾くらったような衝撃だったぜ、と結ぶツートップに、いや、爆発してるの君たちの頭の中だから。いっそアンパ○マンの頭と取り換えてもらったら?餡子の方が、よっぽど世の中の役に立つよね!?
と、男たちは、うっかり口に出しそうになるのを、互いに制し合った。
このツートップに、突け込む隙は無いようだ。
て言うか、関わると、人間として大事な何かを見失いそうだ。
正道館生たちは苦笑いをして、溜め息をついた。
坂本さんの自転車、タダで直しますって言おう!と密かに決意した、自転車屋の一年生を除いて。
こうして夏の二日目は、賑やかに始まったのだった。
ーーー風宿りーーー