小話(21〜40)

恋するスーパーボール
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「さかもっちゃん!夏祭り行こうぜ!」
「やだ。あと、ちゃんと先生って呼べ」
「えー?『ダメ』じゃなくて『イヤ』なんスか?オレたち傷付いちゃうなァ」

夏期補習最終日の正午。
生物準備室で坂本は、少年三人組に囲まれていた。

「今日はもう、午前で終わりだろ?晴れて自由の身になったんだから、ほれ、早くどこへでも遊びに行きなっさい」
「だっかっらっ、一緒に夏祭り行こうぜーって誘ってんスよ」
そうそう、とうなずく少年たち。

坂本が生物教師を勤めるこの高校で、少々浮き気味な彼らは、やたらと坂本に懐いていた。

「やだ。オレは飯食ったら惰眠を貪るって、今日は朝から決めてんだよ」
「とか言ってさァ、葛西ブーと祭り行くんじゃねェの?」
「「なー」」

同居している親友の名を出され、坂本は思わず吹き出してしまった。
悪名高き、池袋・正道館の元トップも、坂本びいきの高校生にかかれば、「居候の葛西ブー」なのだ。

「葛西は、出張中だよ」
坂本は笑いながら答えた。

しめた!と少年たちは思った。笑いが出たらもうひと押しだ!と、彼らは知っていた。

「じゃあ、先生、寂しいっしょ?オレたちが遊んでやるよ!」
「浴衣は、オレ何枚か持ってるから貸す貸す!」
「え?何でお前、浴衣そんな持ってんの?」
「良いとこの坊ですから」
「ははっ、そーゆーもん?」
坂本は、すっかり苦笑いモードに入っている。

例えば、育つ環境を選べない苛立ちとか、賢さを持て余す不器用さとか、少し多めに生きづらさを抱える彼らの存在を、坂本は否定しない。
苦笑いしながら、見てくれている。

少年たちは、デカいナリして坂本に甘えてる自分達を自覚しながら、ここは砦だと、本能で感じている。

「決まり!各自浴衣持参で、さかもっちゃんち集合な!」
「あ、先生、昼飯軽いのでいいっスよ。どーせ出店で食うし!」

ぽんぽん決めて彼らは、元気よく準備室を飛び出していった。


「お前らどんだけ食うの!?軽くって言ってなかったか!?」
「先生、素麺はまずいよ、飲み物じゃん!」
「げ!ちょ、待て!オレと葛西の分がもうねェー!!」
アパートで、空になった素麺の箱を持って坂本は叫んだ。

「え?完売?しょーがねーなァ」
「ごちそーさまー」
「浴衣着付けるから、ここ立って、先生…はい、腕上げて」

はぁあー、と溜め息をついて坂本は、言われるがまま、濃紺灰の浴衣に袖を通した。

「先生、細っ、もっと肉付けた方がいいっスよ」
「何ィ!?このクソ暑ィ中、素麺の茹ですぎで痩せたんですゥー!」

坂本の叫びに、けらけらと笑い転げる生徒たちは、すでに着替えを済ませている。
こんな和服姿を見ていると、中身はともかく、妙に大人びて見え、坂本は自分への仕打ちはさておき、ほんのちょっと感動した。

が、
「できた似合う!同級生で通じるかもよ!」
と言われ、ガックリうなだれたたのだった。


近所の神社は、昼過ぎということもあり、人出はまずまずといったところ。
四人の男たちは、適当に出店を冷やかしながら祭りを楽しんでいた。

「…いや、スーパーボールすくい過ぎでしょ、どーすんスか」
カラフルな袋を、少年たちは白い目で見た。
「いや、つい我を忘れちまったなー、お前らがあんまりヘタだから仇取らなきゃと思ってなー」
坂本がにやりと笑い、彼らはちぇーと不貞腐れた。

その時、
「あれ、迷子か」
坂本は半ベソをかいた子供を見つけた。
「ちょっと本部に連れてくから、お前らその辺いろよ」
と、さっさと、子供の手を引いて行った。

運良く、本部で子供の親と鉢合わせになり、坂本は無事のご対面を確認した。
いくつか食べ物を調達して戻ってみると、

『な、なんでだ…!!』

このわずかな間に、教え子たちは、分かりやすすぎるチンピラ5人組に囲まれていた。
分かりやすく良い浴衣を着ていたための、分かりやすいカツアゲである。

イチ!
ニィ!!
サン!!!
シィ!!!!
ゴッ!!!!!

坂本の投げた、5つのスーパーボールは、見事チンピラ5人の頭を直撃した。

「「「さ、さかもっちゃん…!」」」

「何だぁ!?お前、コイツらのツレか!?やんのか、坊っちゃんが!!」

その瞬間、
坂本はキレた。

『どう見てもオレァ保護者だろーッ!!』


「…で、そいつら潰した後、顔見知りがいなかったのをいいことに、とんずらしたと」
「ハイ、ソウデス」

夕方、再び坂本のアパート。

浴衣の男たち四人は、スーツ姿の葛西の前で、正座してうなだれていた。
結局、坂本が教師だとは知られなかったので、チンピラと若者のケンカで済んでいた。

まぁ、ケンカというには、一方的なものだったのだが。

「しかも、自分が持ってたホットなフードの存在を、忘れて暴れてぶちまけて、頭からかぶって鼻の頭を火傷したと」
「ハイ、ソウデス」

そう、坂本の負った傷はそれだけ。

それだけなのだが。
出張から帰った葛西は、爆発した。

「何やってんだよ!!お前のアホさ加減には言葉もねェよ!!」
「さかもっちゃんは悪くねェよ!葛西ブー、勘弁してあげて」
「誰が葛西ブーだ!坂本お前どーゆー教育してんの!?」
「ハイ、スミマセン」

さすがに弁解の余地もなく、浴衣の襟首から見える、首の付け根の骨をますます浮き上がらせて、坂本はうつ向いた。

ここまでしおれられると、葛西も結局甘い。
やれやれ…と、葛西は溜め息をついた。

「…で、土産は?」
「ハイ…え?」
「祭り行ったんだろ。何か土産あんだろーな」
「あ、あぁ…」

坂本は袂を探り、キラキラした美しい青色のスーパーボールを葛西の手にのせた。

「ほとんど飛散しちまったけど」
「…フン」

葛西は、その半透明の球体を西日に透かしてみた。
そして、坂本の頭を引き寄せると、鼻の絆創膏をはがし、小さな火傷をちろっと舐めた。

「バカが…」
「う」

ん?おかしい、いつもならここで、坂本にセクハラすんなって、ヒヨコどもが、騒ぐとこなんだが…。

自分たちのせいで坂本に暴力を奮わせた負い目があるのか、生徒たちはイマイチいつもの勢いがない。

もう少し濃いセクハラに進もうか、と、葛西が不埒な考えを起こした時だった。

「お前ら、ほら」
坂本が再び袂を探り、3つのスーパーボールを、ひとつずつ少年たちに渡した。

「我に返った時、ちょうど4つ残ってたんだ」
「4つって…先生の分は?」
「オレは葛西のと一緒でいい」
な?と問われ、お、おぅ、と葛西は坂本から不埒な腕を外した。

「これは今年の記念。地元出ても、祭りには帰って来いよな」

彼らは3年生。
選んだ進路通りになるなら、春には地元を出てバラバラになる。

みるみる明るくなる少年たちの顔に、葛西は既視感を覚えた。

すっかり調子の戻った彼らは、帰り際、葛西に、
「そうそう、ケンカ中のさかもっちゃん、壮絶に色っぽかったスよ」
「浴衣の裾割って、バッ!バッ!て、足ぜーんぶ出てさ」
「ごちそーさまでした」
と、ニッコリこっそり耳打ちすることを忘れなかった。

「先生!浴衣返すのいつでもいっスよ!でもそれ、ホント良い浴衣なんで、キレイにクリーニング出してから返して下さいね!!」


ーーー恋するスーパーボールーーー



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