小話(21〜40)
□ダメ、小鳥が見てる
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それは師走の池袋。
正道館生たちは、放課後、いつもの喫茶店コアに集まっていた。
と、おもむろにリンが坂本に話しかけた。
「そーだ坂本、楽翠のクリパで女装してカレー売ってくれよひィッ!?」
「ッ!!リンが、かまいたちにやられたァア!!」
「マスター!お祓いっ、お祓いしてっ!」
炸裂した坂本の手刀があまりにもキレていて、正道館生たちは恐ろしさのあまり、見えなかったことにした。
「いきなりどーゆーことだよ!?」
激怒しながらも、取り敢えず話を聞くのが、坂本クオリティである。
「そ、それはだな…」
前後不覚に陥ったリンの代わりに、西島が答える。
「うちの体育祭・文化祭が、お前の女装で盛り上がったって話を、うちの誰かが楽翠の奴らに言ったらしいんだ」
と、坂本にしてみれば、思い出したくもない過去をえぐってきた。
頼みに頼まれて、うっかり引き受けたがために、ひどいめに遭っている。
「で、楽翠恒例のクリスマスパーリーを盛り上げるために、お前をゲストに呼ぼう、と」
「ふざけんな何がパーリーだ!鬼塚とか鬼塚とか鬼塚とかにやらせりゃいーだろ!!」
「あ〜、これァ、鬼塚をダブらせず、気持ち良く追い出…ゲフゴフ、送り出そうって意図もあるらしくてな」
「んなこと知るかよ!!」
真っ当に抗う坂本に、西島は開き直ったように言った。
「実は、もう鬼塚の耳にも入っちまってな…奴ァもうノリノリで、お前を借り受ける代わりの人質を…」
「何その条件、お前受け取ったのか!?その、さっきからガサガサいってる箱と関係あんのか!?」
坂本は勢いよく、西島の足元にあるダンボール指差した。
「ご明察だな」
西島が箱を開けると、中には鳥籠に入った極彩色の巨大なインコがいた。
「このインコは、鬼塚のお父上が、さる取引先からホニャララしてきたもので、大変貴重な品種らしい。もし、この鳥に何かあったら、鬼塚もオレたちもホニャララされることになるだろう」
「ちょっ!?何、両刃の剣、預かってきてんの!?いきなり犯罪の匂いとかやめて!オレ、道を外すことになっても、ワシントン条約だけは守ろうと思ってんですけど!?」
「坂本…その動物たちへの愛情を、オレたちにも注いでくれよ」
「人を売ろうとしてる奴らに言われたくねェ!!」
息もつかせぬ応酬が続くが、これもひとえに、坂本の隣の、爆発寸前な葛西山に、噴火のタイミングを与えないためである。
あまりの事に度を失いながらも、その辺の気遣いが坂本クオリティ。
と、
あー、と低い声で葛西が話を遮った。
気をそがれたとは言え、怒りに身をまかせなくなった辺り、吉祥寺・極東戦を経て、葛西は確かに変わった。
が、こればっかりは許せない。
「もういい、うるせェ、とにかくこの話は却下」
だ、と葛西が言おうとした時、
ハァー、と件のインコが、人間そっくりに溜め息をついた。
へ!?と皆が思わずそちらを見ると、今度は鬼塚そっくりの声でしみじみと、
「アー、アバライテェー」
と、鳴いたのだった。
「うん美味い!こら絶品!」
もぐもぐとカレーをたいらげる須原を、坂本は恨めしげに睨んだ。
終業式前日。
楽翠の体育館は、窓が華やかに電飾で彩られ、中央にはこれまたビカビカに光る巨大ツリーが飾ってある。
そのツリーを囲むように、様々な模擬店が軒を連ねている。
「パーティーってよか、文化祭の小せーのみてェ」
「まーなァ、1・2年が準備して、世話ンになった3年楽しまそう、ついでに自分らも楽しもういう伝統行事らしいねや」
坂本のもらした感想に、カウンターに近い席に座っていた須原が答える。
時期的にこの辺が選ばれただけで、カップルもんも一人もんもそれなりに楽しめるしな、と。
楽翠は、生徒の自治力の高い活発な学校だったらしい。
「それにしても、いつの間にこんな話つけたんだよ」
「そら秘密。最初はそっちさん、いきり立って話にもならなんだけどな」
あぁ、何でそのまま押し切ってくれなかったのかと、坂本は嘆いた。
「黒鬼塚さん時代の話して、それでも、皆で気持ち良う追い出…ゲフゴフ、卒業させたいんや言うたら、承知してくれたで」
「あぁ…そうですか」
「それにしても、あんたホンマ、スタイルええなぁ。苦労して楽翠伝説の、女子バスケ部長の制服探し出してきた甲斐あったわ」
「青春無駄遣いしてんじゃねーよ」
遠慮なく眺め回してくる須原を、坂本は再び睨んだ。
そんな軽口を叩きながらも、坂本のお玉は止まらず、ひっきりなしの客をさばいている。午後をかなり回ってなお、カレー屋は大繁盛だ。
ばかりか坂本は、同じカレー屋台で作業する楽翠生たちの、好きな女の話だの、母親の交際相手が気に入らないだの、教習所の試験が近いだのの雑談にも、うんうん、と応えている。
ちなみに女子の制服を着ているのは、坂本ひとりである。接待側に回っている三年生も。
こーんな甘ッちょろい男が、あの葛西の親友とはねェ!
と、須原は首を傾げながら、とっくに空になった皿を前に、そのまま座っていた。
と、
「あ、上山さんだ。オレ用意するわ」
こちらに近付いてくる巨体に気付いた楽翠生が、小分け用の鍋にみちみち入ったルーに、直接ライスを投入し始めた。
「ちょっ!お前何してんの!?」
慌てて止めようとする坂本に、「あ、上山さん、カレーは飲み物だっていつも言ってるから、平気平気」
「伝説的巨漢タレント発言!?お前それ軽く五人前…」
坂本が絶句しているうちに、上山は他の出店から声を掛けられ、そちらへ向かってしまった。
「え、あ」
鍋を用意していた生徒が、困っていると、
「それはオレが食おう」
「!?鬼塚さん!」
「鬼塚っ!!」
「…坂本、そんなに見詰められると、ますますカレーがおいしくなってしまうんだが」
「いや、しねしねしねと思って」
相変わらずお玉を大回転させながら、坂本は鬼塚を睨む。
「正道館の奴らは来ねェのか?」
「オレの呪いは無視ですか。来ねーよ。んな格好見せられるか」
ぶすくれる坂本に、よくまぁこんな危なっかしい奴をほっとけるもんだ、と鬼塚は思ったが、実際には、坂本が地獄のラッパーよろしく鬼の形相で、クルナYO!コロスYO!を連呼した成果である。
「鬼塚、マジでそれ全部いくの?無理しなくていいよ」
あいつらも何か心配してるし。
気が付けば鍋カレーを完食しそうな勢いの鬼塚を、盛り付けた楽翠生もきょどきょどと見ている。
鬼塚自身も、驚きの食いっぷりだが、美味しいと楽しいが合わさると、胃はおおらかになるらしい。
と、完食間近の鬼塚が、不自然に口をモゴモゴさせだした。
「うわっ!?リバースか!?」
バケツバケツ!とお玉を放り出した坂本の手を、鬼塚はガッと掴んだ。そして、
坂本の手のひらを広げると、くちづけるような仕草で、舌にのせた物を、そっと置いた。
…それは油に汚れて鈍く光る、
ダイヤの指輪だった。
「…!?」
「…!?」
出した鬼塚も、出された坂本も目が点になる。
「…坂本、こんな風に申し込むつもりはなかったんだが…。アレ?カレーに入ってたんだから、申し込まれたのはオレ?」
「バカ言ってねーで、手を離せ」
坂本は、しばし指輪を眺めると、グラスのお冷やの中に入れ、
「鬼塚、化学室どこ?」
と、訊いた。
中庭に面した校舎の、二階の化学室に、鬼塚と坂本とカレー係の一人が移動した。
「オレがついて来いっつったの、コイツだけなんだけど」
坂本が、暗い顔をした楽翠生を背にして、鬼塚に言った。
「お前、貴金属入りカレー食わされた客に、蚊帳の外にいろってか?」
「う…」
連れてこられたカレー係は、鍋カレーを盛り付け、雑談で母親の交際相手が気に入らないと言っていた男。
坂本は、試薬を溶解するよりは、ピカピカメガネマシーンとして活躍しているであろう、化学室の超音波洗浄機から、ダイヤの指輪をつまみ出した。
そして、
「店とかで、もっとちゃんと洗ってから相手に返せよ」
と、男に指輪を握らせた。
「…半日一緒にカレー作っただけのあんたに、バレると思わなかった」
と、指輪を握りしめて男は呟いた。
あんな慌ただしい中の会話を、いちいち気に掛けてたなんて。
「カレーにコレ入れるチャンスがあったの、俺らだけだし」
と、あっさり坂本は言うけれど。
「畑に落ちた指輪がイモにくるまれて」
「ないない、今年のイブの日付入ってる」
ですよネー、とカレー係は観念した。
「お前それ、どー見たってプロポーズ系の指輪じゃねェか。母親のオトコから盗ったのかよ?」
鬼塚が、あきれたように言う。
「もーいいだろ鬼塚。お前はこいつが、上山にプロポーズするために用意したとでも思うのか?」
そう、あの鍋カレーはもともと上山が「飲む」はずだった。
「上山さんなら、気付かず飲んでくれると思ったんだけど」
「おいおい」
「万が一、『出た』時に見つかっても、そんなの欲しがる女いないだろうし」
「お、お前なぁ…」
あまりに雑な作戦だ。
「ずいぶん行き当たりばったりじゃねェか」
ますますあきれたように鬼塚が言う。
「オレだって、お袋の幸せのためだし、割りといいヤツだくらいには思ってたんスよ」
それが昨日…とカレー係は、うつ向いた。
「アイツに呼び出されて、イブにプロポーズする、指輪を作ったから、息子のオレにまず見て欲しいって」
「いい話じゃねェか」