小話(21〜40)
□花のような悩み
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「どーした葛西、悩みごとか?」
昼休みの屋上。
坂本は、座っている葛西に近付くとひょこっとかがみ、シワの寄った葛西の眉間に、人指し指をズビシッと刺した。
「いでッ…う、何でもねェよ」
ほらよ、と坂本に渡されたジュースを受け取りながら、葛西は額をさすった。
そのまま自分の隣に座る親友を横目で見ながら、
悩みの種はお前なんだよっ!
と、葛西は心の中で言ってみた。
昨夜も葛西は、独り暮らしの坂本のアパートに上がり込んでいた。
その時、テレビのトークバラエティで、「ヤキモチ焼く女はカワイイvv」なるテーマが展開していた。
どうだったかな、と女性陣を回想してみる葛西。だが、ヤキモチらしき素振りを見せられたことはあっても、カワイイvvと思った試しが無い。
ヤキモチヤキモチ。
『ねぇ、最近私に冷たくない?話聞いてる?』
ちょっと涙目の上目遣いで、
『…なぁ、オレのこと、もっとかまえよ』
…。
…。
えぇえええっ!?
何で回想の女が、坂本にすり替わってんのォオ!?
しっかりしろオレ!!
…いや待て、坂本がオレにヤキモチ…?カワイくね?かなりカワイんじゃね?
「かーさい、何ブツブツ言ってんだ?風呂空いたぞ?」
「ギャッ!?いやいやいや何でもねェよ、ハイハイ風呂ね!」
「?」
湯上がりホカホカで首を傾げる坂本の視線を避けるように、風呂場へダッシュする葛西。
それが昨夜のことだった。
む、無理だ…。
紙パックジュースのストローを噛みながら、葛西は溜め息をついた。
自分にヤキモチを焼く坂本を想像して盛り上がってはみたものの、ふたりはダテに何年も親友でいるわけではない。
坂本からそういう感情を引き出すのは不可能に近いと、葛西は知っていた。
ホントこいつの事だけァ、どーにもできゃしねェ。
「なんだよ葛西、マジで元気ねーなァ。仕方ねェ…ほら」
と言って坂本は、しぶしぶ自分用のおやつカルパスを差し出してきた。
何が、ほら、だよ!
葛西は、坂本の指ごとカルパスにかじりついてやった。
「…つーわけで、坂本にヤキモチ焼かすアイデア出せテメーらァ」
自分たちの頭の発言に、正道館の面々はガクーとなった。
放課後、バイトに向かった坂本を除くいつものメンバーは、いつもの喫茶店コアにいた。
葛西さーん、何か元気ないんじゃないっスかどしたんすか?
何だか普段より親身な仲間の雰囲気に、葛西は思い切って心の内を明かし、ついでに助言まで求めてみたのだが。
「あー、葛西さん、そりゃ無理だわ」
西島が、おじいちゃんコントみたいにずれたグラサンを直しながら言った。
皆、腕を組んでうんうんと頷く。
不満ながらも、やっぱりかという顔で、葛西は唸った。
本当は皆知っている。
坂本だって葛西に執着している。かなりしている。
ただその根本が、度を超えて優しいのだ。
あの時だって。
四天王狩りの時だって。
群れを求め、作り、さ迷い暴走する葛西に、独り差し向かっていてですら、坂本は。
その切ない葛西の渇望を、決して否定したりはしなかったのだ。
いやいや、もうちょっと頭ひねってみようか。ん?
諦めきれない様子の葛西に、妙に落ち着かない正道館生たち。
何だよ、と葛西が鋭い視線でひと押しすると、観念したリンが言った。
「そもそもよォ、今日、『葛西が何か悩んでるっぽいけど、オレには言えねェみてーだから、お前らさりげなく聞いてやって』っつってきたの、坂本だからな」
今度は葛西がガクーとなる番だった。何だそれ。
「なんなんだよアイツは!オレのことばっかじゃねーか!!オレが良けりゃァそれでいーってのか!?」
「ぎゃー!!出たよノロケ!!」
「だいたいヤキモチなんて、ベクトルが怒り寄りなだけで、基本、不安スからね!」
「坂本さんを不安にさせて焦らせてどーすんスか!?」
序列もへったくれもない大騒ぎ。
ゼェゼェとしながら、正道館生たちは心から願った。
自分たちの平穏のために、
もう。
「「「ユーたち、ふたりで幸せになっちゃいなYO!!」」」
それだァア!!
ヒーハーとしながら、葛西は思った。
その日の夜、バイトから帰宅した坂本は、晴ればれとした表情の葛西に出迎えられ、あー悩み解決したんだな良かったなでも少し寂しいかな、なんて考えていた。
さらに翌日。
本日は全員集合!な放課後のコアで、葛西が言った。
「坂本、昨日話してみて分かったんだが…、これはオレの意見でもあり、こいつらの意見でもある」
「あ、あぁ、何?」
深刻な雰囲気に、坂本の表情も硬くなる。
「…オレたち、ふたりで幸せになろう」
えっと…
えっと…?
「は!?え!?何!?お前らどーゆー悩み相談やっちゃってくれてんのォオ!?」
何の悩みが、その解決に至るのか、まるで理解できない坂本の絶叫が、コアに響き渡ったのだった。
ーーー花のような悩みーーー