小話(101〜110)

虹を連れてくる
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「あっ…も、ちょい、右、鬼塚っ」
「こうか?坂本?」

自分の上からふわふわと降ってくる坂本の声に、鬼塚は体の角度を変えた。
両腕に坂本の足をしっかり抱えたまま。

「ん、いける…よっしゃァー!!」
坂本は、鬼塚の肩に掛けた足に力を入れて、一瞬伸び上がると、嬉しそうに声を上げた。

「ナイス!鬼塚!」
その手には、今時珍しい奴凧(やっこだこ)を抱えている。

正月も三日目。
雨上がりの河原。
肩車をしているデカい図体の男二人に、たまに通りかかる人も、見て見ぬふりだ。

極東戦後、異常に発達した各校間の情報網により、葛西の不在(実家に帰ってるだけ)を知った鬼塚は、雨が上がるのを待ち、坂本を訪れ遊びに誘った。

凧は、シャレで持って行ったのだが。

『鬼塚、もしかしてこの凧、手作りか?』
『あぁ、ネタ探し(?)に収納ン中、漁ったら出てきてよ。死んだじーさんが竹骨から作ってたなァ』
『ふーん、…なー、コレ、揚げに行こうぜ』
『マジでか』

そんなこんなで、東京四天王・渋谷の鬼塚は、河原で凧揚げをする羽目になってしまったのだった。
しかも、風を読み違えて木に引っ掛けてしまうという体たらく。


さて、無事に凧を回収した坂本は、続けて木の枝に絡まった糸をくるくると器用に外した。

「オッケー!鬼塚、降ろしてくれ」

が、鬼塚はおもむろに目を閉じたまま動かない。

「おい、凧もう取れたって、降ろせよ」
坂本は、奴凧の腕の部分で、コツコツと鬼塚の頭を小突いた。

「坂本…オレは今、お前の感触と、さっきまでの会話とで、あらぬことを考えているので、邪魔しないで下さ…ウギャァアアアーーーッ!!?」
「ギャーーッ!!お前何考えて…いや!もはや何も言うな考えるなバカタレーーーッ!!」

坂本は、鬼塚に首4の字をキめると、肩車の体勢から全力でのけぞり、一気にバク転で鬼塚を放り投げた。

「「〜〜〜ッ!!」」
結果、二人そろって河原でのたうつ羽目になった。

「アホか坂本!オレとの体格差を考えろよ!捨て身もいいところだぞお前!?」
「この身を…この身を捨ててでも封じたい何かがあるッ!」
「何だよ、目を閉じてこう…、夢ぐれェ自由に見たっていーだろ」
「断固拒否るっ!!」
「坂本よ!夢は…夢だけは、誰も奪えない心の翼じゃねェのか!!」
「へし折りてェッ!その翼、一本余さずへし折りてェエエッ!!」

もはや半泣きで猛抗議していた坂本だが、鬼塚の背後の空の一点を見つめ、突然「あ」と声を上げた。

「お」

つられて振り返った鬼塚も、思わず声を漏らした。

二人の視線の先、冬の銀色の雲の表面に、淡く虹の柱が立ち上がっている。
アーチ部分は見えない。
根元だけが住宅街から生えたよう。

「葛西ん家の方だ」

坂本が呟いた。

虹ごと銀色を映した目で。

あれは虹の始まり。
もうすぐここへ伸びてくる。
坂本にはそう見えている。


…なァ、じーさん、虹を待ってるアイツはな、あんたの作ってくれた凧、揚げようぜって、あっさり言ってくれちゃうよーなヤツなんだぜ。
この年にもなって馬鹿だよな。


「…さかもっつぁんよゥ、今夜、晩飯食ってってもいいかィ?」
奴凧を使って、腹話術のように鬼塚が言うと、坂本は少し困ったような顔をしてから、ニヤリと笑った。

「いーけど、今夜は手羽尽くしだぜ」
「あぁ〜、オレの翼たちがァ〜」

哀れっぽく鬼塚が嘆くと、坂本は声を立てて笑った。
そうしてもう一度虹を見て、今度はオレが揚げる、と凧を手に取ったのだった。


―――虹を連れてくる―――



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