小話(81〜100)
□忍んでたまるか!恋
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『なにアイツ!?』
という気配と、微妙なざわめきが広がる、正道館高校・三年○組の教室。
それは私(32歳独身男子v・日本史教師)の職場。
これまでの私なら、コイツらの態度ひとつひとつにビクついているところだが、今は全っ然!気にならない。
だって私、今、絶賛、恋しちゃってますから!!
と言うわけで、馬鹿ガキども(一名除くv)に、「定期考査に全く同じ問題を出す」という条件で小テストを与え、私はせっせと恋の復習に励む。
教壇の上に教科書(『月刊・高校教師』『ティーチャーズマガジン』などなど)を広げて…と。
さて。
『特集・愛され教師ファッションで攻めろ!!』
そうそう。
ヨレヨレのグレースーツオンリーで、生徒たちから『砂消しゴム』呼ばわりされていた私だが、ここ最近は、明るめの品の良いスーツでキめ、髪型も好青年風に。
これなら、スタイルが良くて穏やかな顔つきのあの子ともお似合いでショ!
『特集・万人受けクンの特別な先生になりたい!』
キたコレ!キた!
そうなんだよねェ。正道館でのあの子の立ち位置を考えると、特別って難しそうだけど、なれたらシビれちゃうよねー!
『特集・生徒の方から、先生大好きって言わせる10の法則』
うーん、これは少し贅沢かなァ。
やっぱり私の方が大人だし、いざとなったら男らしく私から…
「って、言わせねーぞテメェッ!!」
突然、教室の窓側最後列から怒声が飛び、私は我に返った。
「山セン、テメェ!さっきから全部声に出てんですけどォオ!!?」
私の、名前をもじった方のあだ名を呼び、葛西が立ち上がって怒鳴っている。
この学校の絶対的『支配者』たる彼だが、どこぞの高校生にケンカで負けてからは、その雰囲気が、「何となくイイ感じ」に変わっている。
だからこそ、私も踏み出してみたんだが…。
その隣に座る親友絡みとなると、やはり話は別だったか。
「もはや事実上の告白じゃねェかアホかお前は!!?」
更に叫ぶ葛西に、
…いや、アホはお前だろ。
とか思いつつ、視線を左に流すと、葛西の横で絶句中の坂本と目が合った。
私が恋した、彼。
よし、取り敢えずウインクしてみちゃおう。
「なななななっ!!?」
途端、生徒たちがバンバン机を叩いて立ち上がる。
「ちょっ!何やってんだ山セン!!」
「急にイケメン気取りやがってテメェ、ギャップ萌え狙いですか砂消しゴムだったクセに!!」
「今さら何デビューだよ、よくそんなマネ出来るな!」
ギャーギャーと騒ぐ彼らへの応えは、そのまま私の動機になる。
だから私は、生徒たちではなく、未だ言葉を失ったままの坂本の目を見詰め、
私の中の『恋』を、ひと画ずつほどいて渡した。
お前は。
お前が。
「変わろうとして、みっともなくもがいてる奴を、笑わないって分かってるからさ、出来るよ」
す、と教室が静かになる。
変わろうともがく奴を笑わずに、
変わりたくないと強がる苦しみに寄り添って、
お前はずっと変わらないな。
約3年分の、限られた接点が、積み重なって、私は今、こういう行動に出ているんだよ。
と、
「…意外と、分かってンじゃねェか」
葛西が、舌打ちの後ボソリと言って席に座り、他の生徒たちもガタガタと着席する。
そりゃあね、三年近くも見ていれば、分かるよ。
…どうにもならないって事も含めて。
「教師だもの」
私はニヤリと笑った。
そこでチャイムが鳴り、私は小テストを回収すると、退室際、坂本に言った。
「この恋は諦めるけど、お陰で自分が、手入れすればイイ男だって分かったし、取り敢えずは自分を好きになってみようと思うよ」
にっこりイケメンスマイルで再ウインクすると、坂本は、今度は堪らず吹き出して笑った。
ああ、いいね!
「「「こンの、ナルシスト教師―――っ!!」」」
廊下にまで響き渡る男たちの罵声を背に受け、私はスタスタ歩いてゆく。
うるさいっつーの!
こっちだって結局、葛西に言われた通り、「好きだ」とまでは、言わせてもらえなかったんだからな!!
―――忍んでたまるか!恋―――