小話(81〜100)

Listen to me
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「いや、まさか同棲してるとはな」

あすこ、と坂本が指差したアパートの一室に灯りが点いているのを見て、薬師寺が呟いた。

「だから違うっつってんだろ!葛西が勝手に居んの!昨日も来て今日も居て、多分明日も来るだけなんだって!!」
飯風呂寝床付きで。

坂本の説明に、
それ住んでるんじゃん。
と、薬師寺は思った。

極東戦を経て、葛西へのわだかまりを捨てた男前薬師寺だが、ゴキゲンで同じ部屋の空気を吸えるかどうかは、また別問題である。

しかし、今の薬師寺には、何より大事なミッションがあり、それには、坂本の協力が不可欠なのだ。
そのために、バイト帰りの坂本を、待ち伏せしてまで捕まえたのである。

仕方ねェ、あのブタの事はオブジェだと思おう。

心に黒いフィルターを掛け、薬師寺は坂本の後についた。

「かさいー、たでーまー」
「おー、…ッ!?薬師寺!?」

部屋の奥から顔を出した葛西は、薬師寺の姿を確認するなり、開いた瞳孔で二度見した後、盛大に舌打ちをしたのだった。


話によると、
薬師寺は、前々から気になっていた女子と、最近イイ感じになってきたらしく、ついに、今度の日曜に二人で出掛けようよ、という話になったのだという。

デェートッ!!

完璧な発音で天使が薬師寺の耳に囁いた直後、彼女はふと思いついて、

「あ、私、サンシャイン水族館に行ってみたい」

と、はにかんで言ったのだそうな。

そこで、
『あなたとサンシャイン!むしろあなたがサンシャイン!!水族館付きトキメキvデートプラン』
のアドバイザー要請を、坂本にしに来たのだという。

「聞いたか葛西?聞いたか葛西!まともだろ!?爽やかだろ!?
ウチの奴らや、鬼塚、川島が持ち込む話とは、比べ物にならねェだろ!?
これ、ネクストレベルきました!!」

日頃の「ムチャ振られ」の反動か、まるであさっての方向に感動している坂本に、

「レベルとか言う前に話を聞かなきゃいいよお前は!!
てか坂本、さくらんぼといちごを同時に食ったような甘酸っぱい顔で、頷いてんじゃねェよ!
むしろオレが今、お前を襲いてェよ!」

葛西は何かが、たぎっているようだ。

「いやいやいや!だだ漏れにもほどがあるんですけど!?
続きはWebでやれよ!この池袋バカコンビ!」

Webったって、PCも携帯も出てこないこの世界の中心で、オレの話を聞けェ!と薬師寺は叫んだのだった。


そんなこんなで、ミニテーブルの上で真剣な打ち合わせが始まる。

「ゆっくり話したいなら、こっちの店のが落ち着いてるぜ」
「なるほど」

地図を描きながら説明する坂本の話を聞きながら、薬師寺がメモをとる。

その様子を、葛西はミニテーブルの脇にあるベッドに腰掛けて眺めていた。
弥勒菩薩のような姿勢で。

まァ、サクサク決めて、とっとと帰らせりゃァいいか、と、一旦は器の大きいところを見せた葛西なのだが、

『さっきから聞いてりゃ、坂本のお勧めプランて、オレが密かにアイツと週末回ろうとしてた場所と、まるかぶりなんですけどォオ!!』

不機嫌と後悔が加速して、無心だった表情は、この世のあらゆる苦いものをガムにして噛んでいるような顔になってきている。

『いや、さすがオレと坂本、息ピッタリvなのは当然として、なぜにアイツは惜しげもなくそれを披露しちまうんだ!?』

とうとう葛西はため息をついた。

そうだ、坂本は馬鹿だから。

自分の考えつく一番良いものを全て薬師寺に伝えているのだ。

だがな、お前自身にそれを与えようとしている存在が、ここにいるんだぜ。

葛西は、かつての坂本が葛西にしたように、心の中で、鳴いてみる。


ここヨ、ここ、ここ。
ここにいる―――。


すると、薬師寺との作戦会議に熱中していた坂本が、ふっと葛西へ視線を向け、不思議そうに首を傾げた。

耳を澄ませるようなその仕草に、葛西は思わずニヤリと笑う。

「?」
「何でもねェ、さっさと終わらせろよ」
「あ、あぁ」

―――お前、聞こえたのか。

あーあチクショウ、オレの方は練り直しだ。お前らのプランの更に上をいってやるからな!

気を取り直し、あれこれ思惑を巡らせる葛西。

だが、いよいよ詰めを迎えた計画に、緊張し始めた薬師寺が、

「坂本、悪ィ、もう遅ェし泊めてくんね?
んで明日、下見に付き合ってくれよ〜」

と頼み出し、深夜のアパートは大騒ぎになるのだった。


―――Listen to me―――



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