小話(81〜100)

弾丸は砂糖菓子
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「何が、セットがキまんねェ、だ!!お前のヘア〜スタイルなんざ、寝癖で仕上げられてても気付かんわ!!」
「あァああ!!?」

正道館高校、三年○組の教室は、朝から大荒れである。
西島とリンが大荒れである。


それはたった10分前の事。

バンッ!(西島、ドアオープン)
ブンッ!(西島、鞄を机に向かって投げる)
バゴッ!(鞄、ドア付近のリンに直線でぶつかる)
ギャース!!(西島とリン、ケンカ開始)

そもそもドアオープン時から西島の機嫌が最悪だったのだが、その理由が、『今朝は髪型がキまらない』という、聞くだけ無駄なものだったため、リンの怒りは倍増した。

「…葛西さんに坂本よォ、そろそろ何とかなんねェ?」
「いい加減アイツらめんどくせーんだけど」

クラスメートたちが、教室の窓際最後列のツートップの元へ寄ってくる。

「知るか、こちとら真剣勝負の最中なんだよ」
腕組みをした葛西は、机上に据えた視線を動かしもせず、そっけなく答えた。

それから、
「坂本、どうだ?」
と、机を挟んで向かい合う親友に、今度は心なしか穏やかに言う。

葛西の前の席から180度振り返っていた坂本は、葛西の机の上をじっとにらんでいたが、

「うーあ!ダメだー負けたー」
がっくりと首をうなだれた。

「あ、何だ、将棋指してたのか」
吹けば飛び散りそうな木片を見た生徒の一人が声を上げた。

「坂本、これで負けなの?」
「どれどれ」
グラサンとモヒカンのケンカをあっさり忘れて、男たちは葛西の机上に注目した。

「まァ、随分粘れるようになったし、負けの分かるタイミングも悪くねェ」
葛西は楽しそうに、今回はここまで、と駒をしまう。

「坂本、試しに次は、ハンデ無しでやってみるか?」
「マジで!?」
葛西の台詞に、坂本はガバッと顔を上げた。

「またボコボコになんぞ?」
葛西はニヤリと笑い、
「うげ」
と舌を出しながらも、坂本は嬉しそうである。

「とうとうか、坂本、良かったな」
「そのうち葛西さんなんて、ボコにしちまえよ」
「ちょっと待てお前ら!!」

すっかりキャッキャウフフな雰囲気になった教室の片隅。
吉祥寺戦後、よく見られるようになった光景である。

ケンカに飽きた西島とリンも、息を切らしてやって来た。

「ったくよ!」
まだイライラしながら、西島は坂本の前の席にドカリと座る。

「西島、西島ほら、いいモンやるから」
苦笑してポケットを探り出す坂本に、西島はむすりとした顔のまま、手のひらを差し出した。

出たよ、坂本の『いいもの』。

ささやかな駄菓子を常備している正道館のナンバー2は、時々その儚い(?)おやつを、『いいもの』と呼ぶ。

「坂本、今日のいいもの何?」と、言えばなにがしか繰り出されてくる。

さて、本日は。

「…パイナッポー飴か…」
西島はしかめっ面を崩さないまま、小さな黄色い輪っかを口に放り込んだ。

「んな、つむじンとこのクセとか、気にすんなよ」
西島の頭頂部を覗き込み、坂本が笑いながら言うと、

「分かるか坂本!?そーなんだよ、どーしてもここんトコがよォ」
気付かれて、何故か嬉しげに西島がブチブチ答える。

ハァァアアア!?全ッ然分からねェえんですけど!!

口だけでぱくぱくと突っ込む男たちを尻目に、西島は早くも二個目の飴を口に含み、坂本に熱く語っている。

その時、

「将棋だけじゃねェぞ。アイツの『いいもの』もオレ発信だからな」

ボソリと葛西が呟いた。
視線は坂本にロックオンしたまま。

「え、そーなの?」
葛西の横に立ったリンが聞き返す。

「葛西さんが坂本に、遊びとは言え将棋教えてンのも、かなりビックリだったけどな」
「そうそう」
頷く男たち。

そんなさりげな失言を気にも留めず、葛西は話を続けた。

「中学ン時からアイツ、ちょいちょいショボいおやつ出しちゃァ寄越すからよ」

ある日、葛西は、
『お前、いっつもイイモン持ってるよな』
と、坂本をからかってみた。

すると坂本は、葛西の顔を見返した後、そんなイイモンじゃねーし、とうつ向いてしまった。

しまった、気ィ悪くしちまったか?と、葛西は坂本の顔を覗き込み、もう一度、しまった!と思った。

坂本が、困ったような嬉しそうな顔を、葛西から隠すように背けたからだ。

からかってやったつもりの自分が、どれだけ期待に満ちた明るい顔をして坂本を見ていたか、思い知らされてしまったからだ。

そのまま葛西は、背けられたままの坂本の横顔に、ぽかんと見とれていた。

頬と耳とが、上等の貝殻みたいな曲線を描いて、柔らかく輝いている。
その縁は淡く上気して、葛西が坂本に対して持ちたがっている全ての自惚れを許していた。


…それからたまに、思い出したように坂本は、
『ほら葛西、今日のいいもの』
と言うようになり、やがて皆も知る、ふたりの言葉遊びのひとつになったとさ。

…。
…。
「ギャーッ!!」
「あッッッま!!」
「何そのスウィートメモリー!!?」

もはや、レアメタルを吐く勢いで男たちは叫んだ。

てか、葛西さんね、

まァ、オレが見つけた一番『いいもの』はお前だけどな!

って、心の声ダダ漏れの目で、坂本を見るのはやめてくれェエエエ!!

「…って言えよリン」
「は!?何でオレが!?」
「脳に頼らず脊髄でしゃべる男、即ちお前にしか出来ん」
「嫌だふざけんな!!」

突然騒ぎ出した背後に、西島の相手をしていた坂本が驚いて振り返る。

その瞬間、ずっと坂本を見ていた葛西と目が合った。

するとこの親友はニヤリと笑い、『いいもの』を求めて、坂本に真っ直ぐ手を差し出したのだった。


―――弾丸は砂糖菓子―――



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