小話(81〜100)

ななつの雪が降る
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「―――ななつの雪が降る」

低い優しい歌声が耳に流れてきて、葛西は、ゆるゆると目を覚ました。

肘枕の姿勢のまま視線を上げれば、こたつ越しに坂本が見える。

独り暮らしの坂本のアパートに上がり込んでいた葛西が、睡魔に捕まり始めた時、暖まり過ぎに感じていたこたつは、坂本がスイッチを切ってくれたらしい。

その天板の上で、坂本はマグカップを両手で挟み、息のような声で歌っている。

いつか何となくかけていたテレビから聴こえていた古い歌だ。

葛西は肘枕のまま、しばらく坂本の横顔を眺めながら聞いていたが、とうとう堪らず笑い出した。

「お前、何しみじみ歌ってンだよ」

途端、うあ、という顔をして葛西の方を向いた坂本は、
「起きてたのかよ!?
…耳に付いちまったンだから、しょーがねーだろ」
と、唇をとがらせた。

「分かるけどよ」
まだ喉で笑いながら、葛西は体を起こす。

チラリと時計を見、
「それじゃ行くわ、また来年」
そのまま立ち上がる葛西に、
「おぅ、また来年」
坂本も答えた。

「料理、アレ、オレも手伝ったからな、独りで先に食うんじゃねェぞ」

葛西は冷蔵庫を指して念を押し、坂本は笑って「分かったから早く家帰れ」と言った。


ふたりの『また来年』は、数時間後にやって来る。

また数時間後には、新しくて変わらない互いに会える。

その間、東京には、ひとつの雪も降りそうにない。

けれども今のふたりには、ふたりの中に付いてしまった同じ歌が流れている。

隙を見て、口からこぼれようとしている。


―――ななつの雪が降る―――



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