完全妄想小説

□さよならを胸に
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水曜日の午後、本当なら普通に授業がある。
5限は化学だ。
彼は私がいないことに気付いているだろうか。


季節はもう春になる。
気温も日に日に暖かくなり、公園の桜も開花間近だ。



私がいるのは、一流大学のキャンパス。


勿論私服で、こうしていると私も大学生に見えるんじゃないかと思う。



「遅いなぁ・・・。」



呟いたけど、すぐ消える。

大学はもうとっくに春休みを向かえて、人気は少ない。



大学生って羨ましいと思う。
人生でこんなに休みがあるなんてそうそうないだろう。




長めの金髪で、少しダルそうに歩く人物を見つける。


「壬!」

「おう。久しぶりだな。」
「元気そうだね。」


壬はポケットからタバコを出す。
慣れた手付きで口に加えて日を着ける。

勿論ここは喫煙所で、私はずっとこのベンチで待っていた。


「まぁな。しっかし、急に何の用だよ。」


「へへ。ビックリした?実はコレ。」

そう言って、小さな箱を渡した。


「少し早いけど、誕生日プレゼントだよ。」


「そんな気を使わなくてもいいのに。でもサンキュな。」


壬が私の頭を撫でる。


壬の温もり。





それだけで幸せだった。



何をしても、彼女に叶わないのは分かっていた。

だから、彼女より少しでも早くに渡したかった。

そんな稚拙な気持ち。



「おっ。携帯灰皿じゃん。ちょーど欲しかったんだ。」



壬の笑顔が見れて幸せ。




「喜んでもらえて良かった。後ね、壬にもう一つ嬉しいお知らせがあります。」
「なんだよ。」

「一昨日、アニキが彼女と婚約したみたいよ。」

「マジで?うわー先越されちまった。ぜってぇ、俺の方が先だと思ったのに。」

アニキとは、壬の兄である。
彼らと私は従兄弟の関係で、幼い頃からよく遊んでもらっていた。
壬の兄は私の兄のようでもあった。


「てか、なんで俺が知らないで、お前が知ってんだよ」


少し不満そうな顔をする。


「しょうがないじゃん。壬は一人暮らしだし。私の方がアニキと会ってるよ。」
「まぁ、そうだけどさぁ。」


まだ不満そうな顔をしている。

そして、2本目のタバコに火を着ける。


横顔が綺麗で、思わず見とれてしまう。
以前のように、顔に痣はない。
擦り傷もない。


自然と顔つきも異なる。
ギラギラした感じが抜けている。




私が知っている壬とは違う。




「なんだよ。お前も欲しいのか?」


私にタバコの箱を差し出す。
私は何も言わずに1本取って、口にくわえる。
壬がそっとライターで火を着ける。


大きく息を吸う。



「ありがと。」

「おう。」

「高校生にタバコ勧めたの…彼女にバレたら怒られるんじゃないの?」

「そうだよ。だから美奈子が来る前に吸い終わらせておけよ。」



自分で言っておいてあれだけど、胸が痛む。



本当に馬鹿だと思う。




「愛想つかされないようにね。」






そうしたら、私がいるから。




あり得ないけど。





「うるさい。って、ヤバっ。美奈子来たじゃん。ほら、早く消せ。」


慌てる壬。
やっぱり彼女のことが好きなんだと、実感する。


悲しくなるけど、しょうがない。


壬は、あんなにも幸せそうなんだから。


私じゃない。



私じゃなかったけど、私は壬の幸せを願っている。




タバコの火をもみ消す。

それから笑って、



「じゃあ、行くね。」


「おう。またな。鴇、気をつけてな。」





さよなら。

それでも今まで通り、貴方の幸せを願ってる。

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