完全妄想小説
□パス
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放課後、僕は化学準備室で彼女を待つ。
今日締め切りの課題レポートを集めて、やって来る。
どう言う訳か、彼女は僕の気持ちをなんでも知っているような物言いをする。
僕が間抜けなのか、それとも彼女の勘が良すぎるのか。
彼女は、僕の教師としてはあるまじき恋心も知っている。
あの日の放課後、彼女は僕に彼女の極プライベートなことを話してくれた。
彼女はどうやら、失恋をしたらしい。
それでもまだ、忘れられないようだ。
そんな自分だから、僕の気持ちが分かってしまった・・・、まるでそう言いたそうだった。
そっと教室の扉が開く。
彼女だ。
そう思って振り返る。
しかし、そこには予想外の人物が立っていた。
僕が、好きな、
「海野さん。やぁ。どうしたの?」
大きな目をキョロキョロさせて、両手にプリントを抱えている。
少し緊張しているのか、戸惑っているように感じる。
「若王子先生・・・。これ、なんですけど。」
僕は瞬時に彼女・・・、雨宮鴇の差し金だと分かった。
あまりにも、分かりやすい。
「あぁ。今日締め切りのレポートですね。集めてくれたんですね。ご苦労様。でも、これは雨宮さんが・・・。」
「鴇ちゃ・・・雨宮さんは、今日はどうしても早く帰らなきゃいけないって言うんで、私が代わりに持ってきたんです。」
「そうなんだ。ありがとう。」
僕はそっとレポートの束を受け取る。
ほんの少しだけ、彼女の手が触れた。
反射的に彼女は手を引く。
どうやら、まだあの時のキスの影響があるみたいだった。
もちろん、彼女だけでなく、僕のほうにも深く影響している。
やっぱり。嬉しいんだ。
真っ白な顔を少しだけ赤らめて、大きな目はキラキラしていて、小柄な体にしなやかに伸びる手足。
何よりも、その笑顔。
まるで、神様からの贈り物。まるで、あの頃見たポストカードの天使。
「どうです?コーヒーでも飲みますか?」
僕の善意に、彼女は戸惑う。
「・・・すいません。今日はちょっと、人を待たせているので。本当にすいません。」
申し訳なさそうに、本当に申し訳なさそうに謝るのを見て、僕まで彼女に申し訳なくなってきた。
「やや、いいんですよ。そうですね、また今度にしましょう。」
「はい。ありがとうございます。」
今日一番の笑顔だった。
少しだけ、廊下からざわめきが聞える。
女の子の声だ。
「ねぇ、ちょっと!あれ、佐伯君じゃない?」
「うそ?!あっ、ホントだ。今帰りなのかなぁ。」
聞えてくる女の子の声に、彼女はハッとする。
そして、慌てて僕に別れを言う。
馬鹿みたいだけど、慌てる彼女が可愛いと思った。
そして次に、やっぱりか、と寂しい気持ちになった。
「先生、すいません。今日はこれで失礼します。」
「はい。さようなら。」
笑顔で彼女を見送る。
笑顔で。
僕は、彼女の先生だから。
「おい。遅いぞ。」
「ごめん。」
「うるさい。チョップだ。」
「痛っ。もう、暴力反対。」
「ほら、行くぞ。」
僕は彼女の先生だからね。
君が笑っていると幸せ。
でもね、僕って人間は、ここに来て少しだけ贅沢を覚えてしまったようだ。
人間に絶望した僕だけど、君を好きになった。
そして、今度は君に愛されたいと思った。