小話

□拍手お礼3
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しゅるりとスカーフを外しながら、沖田はシャツのボタンを緩めた。
今日も今日とて暑い。
まぁ、夏だから仕方のないことだが。

パタパタと手で扇ぎながら沖田が向かった先は、ごく普通の公園だった。

「あのクソチャイナ…今日こそケリをつけてやらァ」

“ケリ"とは確かに喧嘩の意味でもあるが、沖田は自身にはもう一つの意味があった。
だが、それは自分が素直にならなければ進展などしない話。
相手は喧嘩腰でしかないのだから。

馬鹿力であり、毒舌であり、場合によってはゲロを吐いたり意地汚かったりと、女としての魅力など皆無の筈だったのに、時折見せる笑顔や優しさに惹かれた自分がそこにはいた。

「俺ァどうしちまったのかねィ…」

そう誰ともなく呟いていつもの定位置であるベンチに向かおうとした沖田であったが、それはこの間の闘いでご臨終したのだと思い出し、ふと目についた木陰に入った。

「おっせーよチャイナ…」

そう未だ来る気配のない相手に向けて呟いた時だった。


「チャイナって、誰?」


「――!」

突然頭上から降ってきた声に顔を上げれば、そこに自分とあまり変わらなそうな歳の青年が座っていた。

「ねぇ、チャイナって?」

桃色の髪の三つ編みにチャイナ服。そして澄んだ青空のような目。
誰かを彷彿とさせる出で立ちだった。

「……俺の喧嘩相手でさァ。それより、アンタそんなとこで何してるんですかィ?」

気配を全く感じなかったこと。読めない青年の纏う空気。
それらに多少警戒しながらも、至って平静を装ってようやく口にした言葉がそれだった。

「あぁ、この国は暑いからね。涼んでるんだよ」

「…そうかィ」

「ねぇ」

「あ?」

「もしかして、君も“侍"ってやつ?」

そう言って沖田が腰に差している刀を指差した青年。沖田はそれを一瞥すると、もう一度頭上に視線を向けた。

「そうでさァ」

それを聞いた青年は、へぇ…。と笑みを浮かべた。
それは何か面白い玩具を見つけた子供のような。だが狂気にも似たような笑みだった。

「なら、殺り合おうよ。と、言いたいところだけど…俺今時間ないしね。楽しみはまた後に取っておくよ」

この言葉は冗談などではない。沖田はそう感じた。

「ところでさ、さっきの“チャイナ"って強いの?」

これから喧嘩するんでショ?と好奇心に溢れた瞳で問われ、沖田は渋々口を開いた。

「…強いんじゃね―ですかィ?女相手に手こずったのは初めてでさァ(いろんな意味で)」

「ふーん…」

「バカでがさつで大飯食らいで、可愛気の欠片もねェ女でィ」

「じゃあ君は、その女のことが好きなんだ」

はぁ!?
とは口には出さず、その表情だけを青年に向けた。

「ん?図星?」

「……何でそっからそんな話になるんでィ」

そう内心ドキドキとしながら尋ねれば、「いや、何となく」という答えが返ってきて、沖田は小さく溜め息を吐いた。

この青年の話には、何の脈絡も無ければ根拠もない。そう践んで、あまり真剣に相手にしない方がいいと沖田は思った。

「俺の話、あんまりアテにしない方がいいと思ったでショ?」

「……」

「でも、俺は案外こういうの当てるのは得意なんだ、よっ」

そう言うと青年は木から飛び降り、ほとんど音もたてずに着地した。

「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。口煩い奴が探してるだろうからネ」

そう公園の入り口に歩いていく青年を、沖田は無言で目だけで追った。

そして途中で慣れた手つきで傘をさし、青年が手を上げてヒラリと振った姿に、沖田は目を見開いた。

「またネ、“お侍さん"。妹を…ヨロシク」

そう言って、青年はくるりと向きを変えて公園の外に消えた。

「っ…おい!」

一瞬動けなかった沖田が、やっと出した声だった。
しかし、青年の姿はもう見えない。

「…なんだったんでィ、アイツ…」

誰ともなくそう呟いて、先ほど青年が座っていた木を見上げた。

一瞬。ほんの一瞬だったが、何故かあの青年の姿がある少女と重なった。
いや、少女に見えた。
それに気になる「妹」という単語。

「アイツは…」

そしてもう一度公園の入り口に目を向けた時、桃色と団子の髪飾りが見えた。

「待たせたネ、サド!今日こそ決着をつけてやるアル!!」

走って目の前に来て、開口一番そう言った少女に沖田は一瞬目を瞬かせるも、すぐに口元を緩めてニッと笑った。

「…言われなくても、分かってらァ…」




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