小話
□拍手お礼1
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考えるより先に身体が動いていた。
血塗れのバアさんを見た瞬間、それまで俺の耳を支配していた雨の音が消えた。墓石にもたれ掛かるようにして目を瞑っているバアさんの姿だけが、俺の頭を支配した。
ジジィが話している言葉など、微塵も聞いていなかった。
目の前が真っ白になるほどの衝撃の後、俺の中にはある感情が生まれていた。
木刀を引き抜き、思いきりジジィを殴り飛ばした。
このぐらいでへこたれるようなジジィじゃねぇ。
そんなことは分かっている。
殺意。
一言で言えばそんな感情。だが、それではあまりに大ざっぱ過ぎる。
自分でも分からない、けれどどこか漠然とした感情。
ぐちゃぐちゃだ。
本気で叩き込んだ木刀を難なく受け止められる。
とにかくジジィの身体のどこかに木刀を叩き込む勢いで腕を振るった。
だが、それも全て止められた。
そのうち、木刀がジジィの刀で砕けた。
だがそんなことはどうでもいい。
まだこの身体が使えなくなったわけじゃねェ。
俺は宙に舞っていた木刀の破片を掴んでジジィの肩に突き刺した。
鮮血が噴き出したが、ジジィはそれを見ただけで顔色一つ変えやしなかった。
もう一発と思い振り上げた腕は、刀によって貫かれ墓石に張り付けられた。
痛くないわけじゃねぇが、そんなことに構っていられるほどの余暇は今の俺には無い。
引き抜こうと刀を掴む。
だがビクともしねぇ。
「消えな番犬。もうここにはてめーの護るべき主人は何も無ェよ」
頬にジジィの拳が埋まり、俺は数メートルほど吹っ飛ばされた。
立ち上がろうとするが、手も足も力が上手く入らねェ。
とにかくバアさんの所へ。俺は地面を這いながら進んだ。
数年前の冬、俺はこの場所でバアさんの旦那にバアさんを護ると約束した。
だが、俺は護れなかった。
―俺は今、何を護ろうとした?
―バアさんか?
―自分の意志か?
どれも違う。
結局俺は、バアさんを護るどころか“護る"ということさえしようとしなかったじゃねェか。
「…バアさん」
感情と衝動に任せた“刀"は、砕け散って冷たい雨に打たれていた。
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