二万打御礼小説

□二人の攻防戦
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恋人として付き合う、とは一体具体的にどういうことを意味するのだろう。
と、歳にも似合わないことを考えてみる。

決して自分の恋愛経験値がゼロというわけではないが、考えてみたくなった。というより、考えてみる必要があった。
今まで女を抱いたこともあったし、好きだと囁いたこともあった。それが正統な恋愛感情であったかは今となっては定かではなかったが。

だが、今自分の隣を歩く彼女は別だ。彼女は、今まで付き合ったどの女よりも我が儘で凶暴で可愛い気がなくて。だが、今まで付き合ったどの女よりも真っ直ぐで綺麗な魂を持っていた。そして何より、自分が心底惚れたと言える女だった。

「ふふっ…」

ふいに隣から小さな笑い声が聞こえて訝しげにそちらに顔を向ける。

「何…笑ってんの?」

「あ、いいえ。何でもないんです。気にしないでください」

そう言う妙ではあるが、その口調はどこか楽しそうで銀時はますます眉間に眉を寄せる。
何もないことはないだろう。気になる。

「んだよ…彼氏に隠し事ですかコノヤロー」

「それですよ。それ」

妙はまたクスリと笑って言った。
それ?それとは一体どういうことなんだ。

「まさか、銀さんから付き合おうだなんて、言われると思ってなかったから」

まるでそれがとても可笑しなことだとでもいうように妙は言った。
それに銀時はつい数分前の出来事を思い出し、そのことかとボリボリと頭を掻いた。

「あんなもん、口にしねーとなかなか伝わらねーもんだろ」

だけどそれは、桃色のムードも

「確かにそうですけれど、銀さんの口からそんな言葉が出てくるだなんて思いませんでしたから」

お互い頬を染めるような甘酸っぱい気持ちも

「…そろそろ頃合いじゃねーのかと思っただけだ」

何一つなくて。

「あら、じゃあ確信犯だったんですか?」

それはまるで何時も交わされる日常会話のように。

「実際、当たりだったってことだ」

“なぁ、俺達付き合わねェか?"

なんて、間の抜けた声で。

「まぁ、そうですね…。でも、私は嬉しかったんですよ?」

私もそろそろ言おうかなと思っていましたから。
と、妙は微笑んだ。
冬の夜の身を切るような寒さの中でそれがとても温かなものに見えて銀時も小さく口角を上げた。

「でも…それはとても嬉しかったのだけれど、まだ言ってもらえてない言葉がありますよね?銀さん」

そう言われて横目に妙を見下ろす。大きな黒曜石のような瞳が銀時を見上げている。その瞳には、挑発的で確信めいた色がありありと浮かんでいた。

ほらみてみろ。と内心自分に毒づく。
この志村妙とはそういう女だ。俺がそんなことをサラリと言えるような器用な男ではないことはとうに知っているくせに。 だが彼女もまた、そんなことを自分から易々と言うような女ではないことを自分は承知している。

「何を悶々と考えているんですか?無い頭でそんなことを考える暇があるなら言ってしまえばいいんですよ。ほんと、バカな男(ひと)」

「うるせー…」

なんという女だ。
Sっ気の強い。
いや、俺もSだからね。

「…なに、何て言えばいいワケ」

「それを私に聞くんですか?考えなくても答えはもう出ているでしょう」

半ば呆れを含んだ口調で言われる。正直、自分自身でも呆れている。何故こういう時に限って開かないのだこの口は。

「もう、普段は余計なことばかりに口を使うんですから、こういう時ぐらいまともなことを言ったらどうですか?」

どうやら妙も同じことを考えていたらしい。未だ黙っている俺をどこか恨めし気に見てくる。

あーもう、分かったよ。言やぁいいんだろ!

「嫌々言われるぐらいなら、言われない方がずっとマシですけどね」

しれっと妙が言い、その言葉がぶすりと心に突き刺さる。
嫌々だというわけでは決してないが、気恥ずかしさを振り払って決心を固めようとした俺に今その言葉を放つとは読心術でも使えるのかコイツは。

「送ってくれてありがとうございました。銀さんも気を付けて帰ってくださいね」

そう言われてはたと足を止める。目の前には見慣れた門。いつの間にか家に着いてしまったようだった。

「じゃあ、おやすみなさい。銀さん」

もう着いたのか!?と驚いていると、妙はそう言って門を閉めようとした。
その表情には笑みが浮かんでいたが、それは彼女お得意の本心を隠す貼りつけたような笑顔だった。

「っ…」

頭で考えるより先に体が動いた。
門が閉まる直前にそれを手で押さえ、開いて見えた妙の白い手首を掴んだ。

「銀さ……ん!?」

次の瞬間、銀時は己の唇と妙の唇を重ねた。それに妙が驚いて目を見開いたことを確認すると唇を離した。ここまで、ほんの一瞬。

「好きだ…」

そう呟くように言って、するりと手を離した。

「じゃあな」

最後に背中ごしに手を振り、門を出た。後ろで妙が何かを言いかけていたが銀時は足を止めなかった。

バタン、と門が閉まった。
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