二万打御礼小説

□それは必要不可欠な
2ページ/3ページ



「っ…先生は……っ!?ここは…先生をどこにやった!!…おれの、刀は……!?……っ!う、あ…」

「銀さん、傷が…!」

怪我をした場所を押さえてうずくまる銀時を心配し、新八が近付こうと一歩前へ足を踏み出した。

「っ!!来るなっ!!」

ヒュンッという風を切る音と共に、新八の前に木刀が突き付けられた。

「新ちゃん!」
「新八!」

先ほどよりもぎらぎらと眼光を鋭くし、殺気を放つ銀時。

妙は息を呑んだ。これだけ小さな子供が、こんな威圧感や殺気を放つものなのかと。

近付けば斬る。
手にしているのは木刀だが、それを疑う余地は少年のどこにもなかった。

暫く場に沈黙が流れた。
だがそれは酷くピリピリとしたもので、誰も身動き一つしなかった。

「……銀、さん…?」

沈黙を破り、妙がゆっくりと呼び掛ければ、少年の眉がピクリと動いた。
だが構えられた木刀が下ろされることも、放たれる殺気が消えることも依然としてなかった。

妙はそれに大きく、静かに深呼吸をした。
肺一杯に空気を入れ、口からゆっくりと吐き出した。

「…銀さん、落ち着いてください。大丈夫。誰もあなたを傷つけたりしないわ」

ゆっくりと、宥めるように妙は言葉を紡いだ。

「ここにいる人は…「だまれ!!」

銀時が木刀を持つ手に力を込めた。

「おれは…っ、お前らのことなんか信じねぇ…!!おれが信じてんのは、先生とあいつらだけだっ!!」

妙は微かに目を見開いた。後ろで神楽が震える声で銀時の名を呼んだ。

妙はもう一度銀時を真っ直ぐ見据えた。
紅い瞳とかち合い、それが何かを探るような色を映し出していた。
妙はそれを避ける訳ではなく、あえてしっかりと視線を合わせて、ふっと柔らかく微笑んだ。

「…ここにいる人はみんな、銀さんのことが大好きなんですよ?」

銀時が目を見開いた。
その瞳には疑問の色がありありと映し出されていた。

訳が分からないといった表情で佇んでいる銀時。
それをじっと見詰める妙。また沈黙が流れた。
未だ警戒心はあるようだが、殺気はいつの間にか消えていた。

すると、銀時がスッと木刀を下ろした。
新八がほっと息を吐いたのが分かった。

「………さっきから、銀さん銀さんって…俺は銀時だ」

「えぇ。だから“銀さん"なんですよ?」

「…!」

「ねぇ、銀さん」

妙がゆっくりと銀時に近付き、その前に膝を着いて目線を合わせた。

「…私には、銀さんが必要なんです。普段どんなにマダオでも、金欠でも、デリカシーがなくても、銀さんが必要なんです」

今の銀時には、妙の言う言葉の意味は分からない筈なのに、銀時はただ黙って聞いていた。

「だから、私が必要としている分、たまには頼ってください。それとも…私は必要ありませんか?頼りないですか…?」

妙がゆっくりと銀時に手を伸ばし、その両頬を優しく包んだ。そして、その身体を抱き寄せ。
一瞬身体を強張らせた銀時だったが、直ぐに落ち着いたように肩を落とした。

「………それでも私は…待っていますから。貴方が私を必要としてくれることを…。それだけは覚えておいてください」

ただ真っ直ぐに、自分の思いを伝えた。
普段ならなかなか言えないことも、“この子"になら伝えることができる。
そんな気がしたのだ。



「……た、え…」


ふいに、銀時がそう呟いた。
その一瞬のことに目を瞬かせていると、ズルリと抱き締めていた小さな身体から力が抜けた。
驚いて名前を呼んでみれば、気を失っていることが分かった。

それにほっと安心すると、ゆっくりと抱き上げて布団へと寝かせた。
神楽と新八も駆け寄り、布団を掛けて心配そうにその顔を覗き込んだ。

「銀ちゃん…」

神楽が不安そうに呟いた時、足音と共に部屋の戸がカタリと動く音がした。
驚いて振り向いてみれば、そこには見慣れた黒髪長髪の、銀時のかつての戦友が息を切らして立っていた。

「銀時!」

桂は銀時の傍に駆け寄ると、膝を着いて顔を覗き込んだ。
頬は熱で上気しているが、規則正しく上下する胸板を確認すると、ほっとしたように息をついた。

「…すまない妙殿。こんな遅くに勝手に上がり込んでしまって…」

「いえ…いいんです。あの、銀さんがこうなってしまった理由を、桂さんはご存知なのですか…?」

「…あぁ」

桂が重々しく頷いた。

「ヅラ、教えてヨ!銀ちゃんいっつも何も話してくれないネ!姉御も新八も私も、みんな銀ちゃんのこと心配してるアル!」

神楽が膝の上で拳を握りしめて言った。

「リーダー…」

神楽の真剣な眼差しを、桂の目がとらえた。

「そうだな…。コイツは、そういう奴だったな…」

そう銀時に目をやって、それからふっと苦笑して口を開いた。

「銀時は、巻き込まれたんだ。元々は、俺達攘夷派と天人との抗争だったのだ…。だが、それが起こる前にどこで見付けたのかは知らんが殺気立っていた天人が銀時を拉致していてな。相手は銀時を白夜叉だと知っていたらしい。そして人質にとられたのだ。だが同時に俺達の仲間からも人質をとられてしまった。どうにか隙を見付けて攻め込み、銀時も戦ったのだが、銀時は重傷を負い、人質にとられていた仲間は…殺されてしまった…っ」

そこで桂は俯き、強く唇を噛んで拳を握りしめた。
そしてまた微かに震える言葉で話し始めた。

「…そいつは、俺や銀時の昔からの馴染みだった。他の仲間よりも比較的付き合いが長く、仲も良かった。だから、その分思い入れも強い。そいつは、俺や銀時の目の前で殺された。最近は、目の前で戦友を殺される感覚を銀時は経験していない。だから、戦いが終わった後も銀時は、自分の傷よりも死んだ仲間のことを気にしていた。精神的なショックの方が大きかっただろう…」

「そう…だったんですか…」

妙が呟いた。
新八も神楽も、どこか悲し気に目を伏せた。

「だから、銀時を此所に送り届けた後も気になっていた。そして一度天人がいた倉庫に戻り、そこにあった荷を探っていると、この薬が出てきたのだ」

そこで桂は、懐から小瓶を取り出した。
中では透明な液体が揺れていた。

「その薬が、銀さんをこんな姿に…?」

新八が尋ねた。

「あぁ。俺達もこの薬が出回っていると聞いて動いていたのだ。恐らく、銀時は拉致された時に…。だが、調べてみたところこの薬はまだ試作段階で数時間しか効果は続かない。銀時もじきに元に戻るだろう」


「…よかった」

新八がほっと息を吐いた。だが…と桂は言葉を続けた。

「俺がここに来たのは、この姿になった銀時が妙殿達を傷つけてしまうのではないかと思ったからなのだ」

桂はそう言って、布団の近くに無造作に落ちている木刀に目をやった。

「生い立ちが生い立ちだからな……。だが、それも杞憂に終わったようだ…」

そして今度は静かに寝息をたてている銀時に視線を移した。

「…始めに見たのは僕なんですけど、その時銀さん魘されていて…起こしてあげようとしたら飛び起きて、すごく警戒してました。でも…姉上が…」

そこで新八は言葉を切り、一度妙の方を見た。そして小さく微笑んだ。

「姉上が…銀さんに話しかけて、落ち着いてくれるように言ったんです。そしたら銀さん、今みたいに…」

「…そうだったのか」

そこで初めて、桂は表情を緩めた。そして再び銀時を見て、その額に軽く手を置いた。

「…何だかんだと言っても結局…お前には妙殿が必要というわけなのだな…」

「え…?」

妙がそう声を漏らして瞳に疑問の色を浮かべた。

「妙殿、コイツはな、俺と会う度に妙殿の話をする。もちろん新八くんやリーダーのこともな。最近は惚れ気話の方が多いような気もするが…まぁとにかく、終始幸せそうに話すのだ」

桂は目を閉じて小さく微笑むと、話を続けた。

「だがそのくせ、コイツはなかなかそれを上手く表現できない。本当に大切なものに対しては、不器用な接し方しかできないのだ。それは、傍にいても心あたりがあるんじゃないか?」

確かにそうかもしれないという意味で、妙達は顔を見合わせた。

「まぁ、そういうことだ。妙殿達がそれを理解しているのだ。銀時はそれだけで十分だろう」

桂はそう言うと立ち上がり、襖に手をかけてもう一度振り返った。

「もう、帰られるんですか?」

「あぁ。まだ少しやることがあるからな。では、失礼する。銀時を…よろしく頼む」

そう言い残して、桂は部屋を出ていった。
暫く沈黙が流れたが、それを静かに破ったのは新八だった。

「姉上…僕、銀さんが起きたら説教するなんて言いましたけど、やっぱり“おかえりなさい"って言ってあげることにします」

妙が視線を向ければ、新八は困ったようにニッと笑った。

「だって、銀さんにとって必要なのは“帰る場所"でしょう?いくら帰ってきたところで、迎えてくれる人がいなかったら寂しいじゃないですか。だから、僕は温かく迎えてあげることにします。今回は巻き込まれただけみたいですし」

「…私もネ。今回は、殴るのはナシにしてやるアル」

殴るつもりだったの!?
とツッコミを入れる新八と反論する神楽を見詰めながら、妙は先程の桂の言葉を思い出した。

『…何だかんだと言っても結局…お前には妙殿が必要なのだな…』

自分は、銀時に必要とされていたのだ。
自分もまた、銀時を必要としているように。

そう考えると、自然と口角が緩むのを感じて妙は慌てて口元を押さえた。

「「姉上(姉御)!」」

一通り口論を終えたらしい新八と神楽が振り向き、妙は押さえていた手を離して二人を見た。

「姉御は、銀ちゃんが起きたら抱き締めてあげる役アル!」

「銀さんには、何より姉上が必要みたいですからね。今回は…特別です」

神楽は笑顔で、新八は少し不貞腐れながらも小さく笑って言った。
妙は一瞬目を瞬かせるも、すぐにふっと微笑んで「ありがとう」と言った。

「と、いうわけなので銀さん、早く起きてくださいね」

妙はそう呟いて、まだ幼い姿で眠る銀時の頬を優しく撫でた。





それは必要不可欠な、


互いの存在。




後書き→
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ